「ぶあッッげほっ、げほんっ‼」


大きな水しぶきがあがり、泡が身体中にまとわりつきながら、深く沈んだあと俺は必死で水面にあがった。

…生きてた…

そりゃ、そうか。
危ないけど、川は川だ。

ほんとに死ぬなら、川なんかより学校の屋上の方が断然いい。

…結局俺は、死ぬ勇気なんてなかったんだ。

誰かに、必要とされたかった。
誰かに、気づいてもらいたかった。

誰かに

手をさしのべてもらいたかった。



ただ、それだけだった。



ハッと大切なことを思い出し辺りを見回す。

川の流れる音が聞こえるばかりで、彼女の姿がどこにもない。

そのとたん、また恐ろしくなった。



「おい!ぽんこつ!どこいった!!」


今までにないぐらい声を張り上げていた。
自分の声の大きさに、じぶんが一番驚いていた。

けど、それどころじゃない。

俺からは見えなかったけど、もしかしたら頭から落ちたのかもしれない。


「おーーーいっ!!」


声を更に張り上げるものの後に残るのは川の流れる音だけだ。
まずい。

動悸が激しくなってくる。

また、失うかもしれない。

自分を必要としてくれた人を

失うかもしれない。



…嫌だ。



勝手に必要とか言って、無責任だ。

俺は嬉しかったのに


すごくすごく、嬉しかったのに。





震える唇を、もう一度大きく開いた。

遠く遠くに聞こえるように。





「タカーーーーーっっ!!!」

「はーい!」



ザバァッ



目の前で、
大きな水しぶきがあがった。

彼女はブンブンと水を飛ばして、俺の肩に手を置いた。


「うん、やっぱり、キノの目はすごく綺麗だ」

「……っ」

「目が濡れて、オレンジ色がキラキラ揺れてる」

「う、うるさいな!」


すると、彼女は、俺の頭を優しく包み込むように抱き締めた。
心臓の音が聞こえる。

ゆっくりと

音をたてている。




「キノは悪くないんだよ」

「そんなこと…分かってる」

「いーや、わかってない」

「…なに」

「キノは、何も悪くない」

「…だから、」



更に強く抱き締められた。

少し息が苦しかったけれど、それよりも、安心感が増していた。

それと同時に、胸がもやもやとしてきた。




「悪くない」

「…やめろって」

「キノは、何にも悪くない」

「もう、やめろよ…お前…ほんとに…っ、うっ、ああ…」

「大丈夫だから、」




俺は、その日生まれて初めて泣いた。

思い出すだけで恥ずかしくなるようなシチュエーションで、号泣した。


何もかも、吐き出して、彼女は全部受け止めてくれた。


悲しいことも苦しいことも


俺は悪くないのだと、言い続けてくれた。





彼女は俺を必要だと言った。




だけど

俺はその日から、それ以上に彼女を必要とした。




もう、


彼女が居なくては


生きていけないと思った。