「ねえ、キノ」
「うるさいな、もう黙っててくれない?」
「死んじゃダメ」
ドキッと、心臓が大きくはじけた。
途端に、手すりにかけていた手が滑った。
「あ、」
「危なっかしいよ」
いつの間にか、腕が彼女に掴まれていた。
彼女の大きな黒目が、俺を映して大きく見開いていた。
そして、また、ニコッと微笑んだ。
「キノの目に映った夕焼け、すごい綺麗なの。
また見たいから、だから、死んじゃだめ」
「…なに…それ…わけわかんない」
「私にはキノが必要ってこと!だから死ぬなんて言わないでよ」
俺の腕を握る小さくて細い手が、ぎゅっと力を込めていた。
すると、彼女は着ていたワンピースをいきなり裾からまくりあげて脱ぎ出した。
いきなりで、わけがわからず慌ててそっぽを向いた。
「な、なに脱いで…」
「キノ、この世はアドベンチャーよ」
「…なに?」
目を薄く開けると、彼女は水着姿で腰に手を当てて堂々と胸を反らしていた。
「終わりのない冒険、冒険の中断は許されないよ!」
「わけわかんないって」
「キノはこれからたくさんいいことあるよ。なんたって私と出会ったんだからね!」
彼女は手すりに足をかけると、一気に手すりに立ち上がり、俺を見下ろした。
揺らめく黒髪を右手でかきあげて、彼女は遠くの日没を見つめた。
そのとき初めて
彼女が美しいと感じた。
「落ちるよ」
「私は平気だよ」
「絶対死ぬ。」
「私は死なないもん」
「…お前、何者…?」
すると、彼女は器用に手すりの上で方向転換して俺の方を向いた。
彼女は不敵に微笑むと、ゆっくりと口を動かした。
「私は、タカ。
どこまでも、遠く遠くに飛んでいけるタカだよ」
そう言い残して
彼女は宙に体を預けた。
傾いていく彼女を、俺は目を見開いて見ていた。
落ちていく彼女を必死で追うように、俺も意を決して飛び込んだ。