「はは…私は大丈夫だから、なんか気使わせてるよね、ごめん」
「いや、ちがくて、フォローじゃないし」
「…うん、まあ、ありがとう…ちょっと元気でたよ」
「慰めでもないんだけど」
なんとか微笑みかける私を無表情で見つめ返してくるマヒロくん。
フォローでも慰めでもない…、じゃあ、他に…
………なに?
マヒロくんが一歩近づいたと思ったら、
私は壁に背中を追いやられた。
マヒロくんは、少しだけ下唇をかんで、まゆをひそめた。
「…マヒロくん?」
マヒロくんの指先がのびてくると、私の目元から目尻に向かって親指をすべらせた。
驚いて肩をあげたとき、
マヒロくんの顔がなんの前触れもなく近づいていた。
小さなリップ音は
唇の端を軽く掠めた。
あっけらかんと、離れていくマヒロくんの顔を見上げた。
すると、今度は目元に唇を当てた。
そのあと、背中に手を回されて、
きつく、抱き締められた。
頭が追い付かなかった。
いったい
何がおこったのか
理解する前にマヒロくんが、口を開いた。
「好きなんだけど」
「………………え?」
マヒロくんの口の動きがスローモーションで動いているように見えた。
ほんの数秒間が長く感じて、
私はその間なにも考えることができなかった。
するとマヒロくんの囁くような声が
また耳に届いた。
「高橋さん、自分のこと責めてるでしょ。それ、絶対違うから。
だってもとは俺が高橋さんのこと好きになったからキノを煽るようなことしたのが原因だし」
「…っ、」
「俺が悪いから、だからそんな悲しい顔しないでよ」
「ちがうんだよっっ!!!!」
思わず出た大きな声に、マヒロくんが驚いたように顔をあげた。
ぐちゃぐちゃの顔だったけど、今度はしっかりと顔をあげて、私は言葉をつむいだ。
マヒロくんのせいじゃない
わかってる、私はもうわかってるから。
キノと出会って
私はその瞬間から
キノが私の前からいなくなる日は来ると決まっていたんだ。
だって
たとえあの日、マヒロくんが私の手を強く引いてキノに嘘のメールを入れてなくたって、
キノはずっと
私に対して思っていたはずだから。
キノは、一時も忘れていないんだから。
私より大切な存在を。
「キノは、私より好きな人がいるの。その人はもうこの世にいなくて、私は、その人に似てた。
私は、側に居させてもらってただけ。だから、マヒロくんのせいじゃない。
キノは私じゃダメだって、きっとずっとわかってたはずだから」
初めから
キノの心には
別な人が住んでいて
私はそこに、住めない。