「ふぅ、肩が鳴る。」
右手で左肩を揉み解しながら、
手に持っている資料を眺める。
その資料に書かれているのは、
去年の夏から今の間、この周辺で亡くなった人間達の名前だ。
俺は今、盆祭りのための準備をしている。
盆祭りには亡くなった人が帰ってくる、という話の裏側とでもいおうか。
初日に地上に戻り、それぞれの愛する人の場所、大切な場所へとその者達は足を運ぶ。
そして最後の日、亡くなった者達の空へ帰る日の晩に、それぞれ故郷の神社で晩餐会を行っているのだ。
色々な涙で濡れる、特大イベントである。
毎年恒例のこの晩餐会の名簿帳を管理し、主催しているのが、俺の仕事だ。


「よし、これでいい。」
資料の端をそろえ、机に置く。
グッと手を伸ばして背伸びをする。
目を閉じると、
瞼の裏に朱里の顔が浮かんだ。
「今日も、来るかな。」
ぼそっと一人でつぶやき、
俺は森へ向かった。


神社に戻ると、階段の上の方から楽しげな声が聞こえた。
その声は、朱里と天狗と烏で。
「お仕事ってなんですか?」と
無邪気に聞く彼女の声に腹が立った。
気づけば階段を駆け上がっていた。
そこには天狗の隣に腰を下ろしている彼女。
「ただの人間の小娘。
あ、アホ狐のお気に入り。」
「誰がアホ狐だ、クソ天狗。」
反射的に反論してしまったそれに、
そこにいた全員の視線が俺に向く。
「狐さん!」
ぱぁっと明るく笑う彼女。
「おかえりなさい!」
自分を見てそんな笑顔をされるのは、正直嬉しいし、嫌じゃなかった。
「あぁ、ただいま。」

でも、_____
「クソ天狗と何してたんだ?」
俺の中にあった苛立ちが、
収まってくれなかった。
「談笑です」そう無邪気に答え、
天狗に貰った、と林檎飴を見せてくる。
そんな彼女に短く答え、天狗を睨む。
「じゃあ、朱里もらっていくから。」
そういうと、天狗は一瞬怯んだように、驚いたように、俺を見たが、すぐフッと笑い、
「勝手にしろ」と手であしらった。


そのあと天狗と烏が去り、
遺された俺たちに沈黙が走った。
耐えられず、階段を降りはじめる。
「おいていくぞ。」と放った言葉に、
慌てたように俺を呼び止めながら追いかけてくる朱里。


その呼びかけに止まってやることができない俺と彼女の距離が急に開いて行った気がした。