朱里は俺の隣に腰を下ろした。
「そういえば、私、
貴方の名前知らないんですけど・・・。」
名前を教えてほしい、と言われたのは、
初めての事だった。
あやかし同士を名前で呼ぶことは、まずないからだ。そのせいか、いつしかあやかし同士の中では、契りを結ぶときに名を交換するしきたりになっていた。


人間たちは普通に名前を呼び合っているとは、昔から知っていた。
自分には照れくさくて仕方ないこの行為は、彼女にとっては普通にすることだと身をもって感じるそれに、改めて種族間の壁を感じる。
「・・・好きに呼べ。」
投げやりに言ったその言葉に、
彼女は一瞬黙った。
少し焦り、謝ろうと彼女を見ると、
「じゃあ、狐さん!」と無邪気な反応。
・・・て、ちょっと待て。
「狐に”さん”づけするな気持ち悪い!」
と、言い返す俺。
そこから、朱里の猛反撃をくらうわけだが。


「もう狐さんでいい。・・・朱里。」
「っ、・・・はい!」
その時の彼女の嬉しそうな顔も、
彼女の名前を改めて呼んだ恥ずかしさも、
全部俺の身体を熱で包んでいく。
耐えられなくなった俺は、
懐に入れておいた扇子を取り出して、
顔をそそくさと扇ぐ。
その仕草を見て朱里はまた笑った。


朱里と俺のひと一人分の距離が、
酷くもどかしかった。