階段を上ったときにかいた汗のせいか。

 登山道の空気はとても冷たく感じられた。

 360度が森。

 何人もの登山客の足で踏みしめられた道だけが、唯一、人間とかかわりがあるものに見える。

 どの木のものなのか分からない太い根が、土を割っていたるところに飛び出しているのを、つまずかないように大股で踏み越える。

「不思議な音が聞こえる」

 アキラがそうつぶやいて、頭上を見上げた。

「葉がいろんなものと擦れる音」

 アキラは耳に両手を添える。

「虫がうごめく音。鳥が飛び去る音」

 一つ一つを聞き分けていく。

「動物が呼吸する音」

 アキラが、歩行速度を上げる。

「アキラ、一人で勝手にホイホイ行くな」

 康孝がアキラの背に注意を発した。

 信也は黙ったまま康孝の後ろを歩いている。

「優子。私、なんだか気持ちよくなってきた」

 かおりが私の前で言った。

 声は多少疲れているが、背中は楽しそうに見えた。

 確かに、さっきまで感じていた疲労感は減り、視界がクリアーになってきた気がする。

 息を吸って、一歩踏み出す。

 息を吐いて、一歩踏み出す。

 この繰り返しで、体中に、森の涼しい空気が染み渡っていく。