すっかり種が飛び去ったタンポポの葉の匂いを、白うさぎは鼻をピクピクさせながら嗅ぐ。

 カサっ

 白くてホワホワした毛が、こっちからあっちへ、あっちからこっちへ、ラベンダー荘の庭を探検している。


 カササササ

 元気よく動き回るウサギの気配を感じながら、私は信也の朝顔を見下ろした。

 蔓は良く伸びてラティス全体に絡まり、毎日違う花がポンポンと咲き乱れている。

 うさぎには朝顔が良くないらしいと、ネットで調べた信也はさっそく朝顔の周りにフェンスを作るために、買い物に出かけた。

 他にもウサギの飼育のために買い込むものがかなりあるらしく、すぐには帰ってこないだろう。

 かおりにウサギのことを話したら、今日の午後に早速遊びに来るらしい。

 アキラは昨夜帰りが遅かったので、朝食を食べ終わってすぐ部屋に入ってまた寝てしまった。


 春の日差しが今日は一段を強い。


 ラベンダー荘を抜けていく風は、涼しさを残して、バラの香りを外へ運んでいく。

 春は終わりに近く、夏はもう、すぐそこまで来ていた。

 私が何もしなくても、時間は確実に経っているんだと実感する。

 たくさんのハーブを育てていても、みんなとここで楽しく住んでいても、私は最近、取り残されているような気がしてならない。

 社会から。

 みんなから。

 ふと、自分なんていなくても、なにも変わらないんじゃないかと思いはじめる。

 私一人いなくなっても、地球は何も変わらないと。

 そう思うと、いてもたってもいられなくなる。

 逃げ出したい。

 失ったものを必ず見つけようと誓ったあの意志を捨てて、このどうしようもない不安と苦痛から、いますぐ逃げ出したい。

 死んでしまえば、みんなには会えなくなるけど、この苦しみからは逃れられる。

 少しでも気を抜くと、胸のうちにしまってある最終手段が脳裏をよぎる。

 死のうと思えばいつでも死ねる。

 それなのに人はなかなか死を選ばない。

 人の死を最後につなぎとめるものはなんだろう。