玄関の扉を横に引くと、カラカラと音を立てながら開いた。

 靴を抜いであがると少し古い床がメキっと鳴った。

 続けて、ぷっと息を吹き出す音。

「そんな顔しなくても大丈夫だよ、鳴るのはそこだけだから。それとも……あれかな?」

 青年は意地悪そうな視線を向ける。

「ラベンダー荘のうわさ」

 青年の言葉に私の心臓がどきっとなる。

「知らないでここにきたわけじゃないだろうし、それでそんなに緊張してるのかな?」

 私の様子でそれと判断したように、青年は「ふーん」と言いながら一度まばたきをした。

「じゃあ、もしかして優子ちゃんも探しものがあってここに来たんだ?―――あっ、いい。いい。何も言わなくて。見つかるといいね、失くしたもの。」

 どう返事をしたものか迷っていると、青年は勝手に言葉を続けた。

「自己紹介がまだだった。俺は小山信也、理論物理学者。ちまたの噂ではなにかな。結構怪しいこと言われてるんだろ?」

 あまりにも気さくに聞かれたので、私はさらりと言葉が漏れた。

「何個かあって、どれだかわからないけど、赤ん坊のときに管理人に連れてこられて閉じ込められてる少年とか。」

「少年?ああ、それアキラのことかな」

「真実なの?!」

「半分くらい。他には?」

「なにか怪しい実験を隠すために、夜中でも音楽を流してるって」

「怪しい実験?うーん、うわさって怖い。」

「でも、最近はいい噂のほうが多いみたい。」

「へぇ。それはそれで迷惑だなぁ」

 青年は歩き出して何事もなかったように「こっち」と言いながらキッチンに入っていく。

「ここが共有キッチン」

 私は青年に続いてキッチンに足を踏み入れる。