よく見れば葉の傍に、節のような小さな蕾がついている。

「もう蕾がついてるね」

「種を蒔くの、待ちきれなくてさ。早めに蒔いちゃったから。それに肥料もやってるし―――」

「おーい!」

 玄関のほうから康孝の声がした。

「気が利くじゃないか。これ誰が置いてくれたんだ」

 そう言いながら、紫の大きな花をつけた鉢植えを持ちながら歩み寄ってくる。

 私も信也も、知らないというように顔を見合わせる。

「それ、玄関に有ったんですか?」

「なんだ?二人じゃないのか。でもアキラがこんなことするわけないしな」

 康孝は突然のプレゼントに嬉しさが隠しきれない様子だ。

「康孝さん、花好きだったっけ?」

 似合わないと言いたげに、信也が言った。

「これは例外。クレマチスって聞いたことないか?クレマチスは旅人が泊まる宿に置くと、安全に一夜を過ごして、また旅立っていけるお守りみたいなものなんだ。」

 康孝の言葉に私は感心するが、ふと見ると、信也は浮かない顔をしている。

 康孝は、知らない振りを決め込んで、私にクレマチスを示しながら言う。

「これがラベンダー荘の謎の一つ、管理人の足跡だよ、優子さん」

 康孝は信也の顔もちらりと見て続ける。

「俺がラベンダー荘を気に入ってる理由の一つがこれ。管理人の気遣い。俺は信也と違ってね。答えのない疑問にこだわって、前に進めないままでいるよりも、点々と旅をするほうが好きなんだ。」

 信也ははっとして顔を上げる。

 立ち上がりながら、康孝の言葉に噛み付くように言う。

「俺は別に好きでここにいるんじゃない!一つ一つ完結させてからじゃなきゃ前に進めないんだ。答えを出してから前に進まなきゃ、また同じことを繰り返すかもしれないだろ!」

「立派な意見に聞こえるが、それはお前が前に進めない理由じゃないはずだ」

「俺が逃げてるって言いたのか!」

「違うのか?」
 
「違う!」