「謝んないで下さい。意味がわかりません。先生のせいじゃないから」
「僕は……僕は……自分の不幸に酔ってた……母への恨みに取り憑かれてて」
「それは当たり前です。あんなこと起こってはいけないことです」

 危惧したことが起きている。だから話したくなかったのだ。清水センセが自分の経験を軽んじて、僕の生まれについて悲嘆に暮れる。それは容易に想像出来た。僕は急いでテーブルをまたいで向こう側に降り、その勢いで床に座り込んでいる清水センセの前にしゃがみこんだ。そして踏まないようにメガネをテーブルに避難させた。

「ダメですよ。他人の経験は過酷に見えるんですって。僕は大丈夫ですから。大丈夫じゃないのは先生の方です」
「麻痺してるだけだよ……裕くんは……」
「だから僕は話したくなかったんだ!」

 これ以上、自分の経験を僕のものと比べないで欲しい。そういうことはしちゃいけないんだ。僕は清水センセの肩を両手で掴み、揺さぶった。

「僕は危惧してました、こうなること! あのときも言ったでしょう? そしたら先生は言ったか覚えてますよね? 僕の感情を勝手に予想すんのはやめろって。それなのに今先生は僕のことなのに自分のことみたいに悲しんで、そうして自分の人生より僕の人生のほうが過酷だとか言い始めて! そんなことは絶対にない! 僕の感情は勝手に予想しても良いんですか?」
「それでも君は僕のことを心配する!」

 清水センセは顔を覆っていた両手で両肩を掴んでいる僕の手を肩から外し、その僕の手を握りしめた。

「ありがとう……でも僕は僕なりに得た遠近感が大事なんだ。自分の経験を軽んじてはないよ。でもね、自分の不幸とトラウマに酔ってたのは事実なんだ。酔わなけりゃ生きていけなかった、それも自分でわかってるから、それは大丈夫だから」
「僕だって、先生からは憐れまれたくない」
「憐れんでない。ただ君が健気で泣けちゃうんだよ。そんなものを背負っていても、君は誰かの心配ばかりしてるんだ。僕は君への想いだけに縋って縋って縋り付いて、仕事も手につかなくなったりして、挙句アメリカに逃げて、父親の病気がなかったら今頃どうなっていたか……」
「僕は……自分のせいでみんなが淋しい思いをするので、他人に興味がないのに心配せざるを得なくなってるだけです。僕には清水センセみたいな愛情も決意も何もない……人格解離の、無感覚のゾンビです」
「違うよ……僕は君から充分に心を砕いてもらってるんだ。そんな君を見ていると、僕を好きか嫌いかなんてどうでもいいって思えるんだ。裕くんはね、僕に僕がして欲しいことをしてくれてるんだよ? それ、わかってるよね? 誰もそんなことしてくれなかった。僕の人生で、そんなこと誰も!」
「知りません。そんなこと、僕はしてるつもりはないです。僕は自分のことしか考えてないんですから」

 泣き顔の清水センセが少し苦笑しながら、顔を上げて僕の顔を見た。目のクマと涙で痛々しい。