清水センセは僕を呆然とした表情で見つめた。しばらく僕らは何かを確かめ合うように黙って見つめ合っていた。そして清水センセは目を閉じた。答えが出たのがわかった。

「……ちゃんと……殺してあげたい…よ」
「わかってます。僕は先生がそれを約束してくれてるからどうにかこの世で暮らしてられるんだ」

 こんな関係、絶対に間違っていると思っていても。それでも僕はこの人のこの意志に支えられて今日がある。僕の顔を言葉もなく見つめている清水センセに、僕は今の気持ちを伝えようとした。

「色仕掛けやお涙頂戴で誰かを騙したりはもう出来ないんです。そしたら、ただただ、ひたすら元の僕に戻りたいって自分だけがいる。なぜ僕の中の意識下の声が真実を求めているかはわからないです。でも、僕は以前、その声に応えて自分の出自を探しに行ったことがあります。そのとき僕は高校1年でしたが、ある人に勧められて両親の戸籍を調べることになって。僕はそれまで自分の今の家族が、普通の家族としてなんの疑いも抱くことなく血肉を分けた両親であると認識していました。でもそうじゃなかった。まず、僕が伯父夫婦の養子であり、それを隠されていたことを知りました。特別養子縁組制度っていうんですけど。そこで僕の現実感が乖離してしまった。生きている人間には興味がないのに、思ったよりショックが大きかったんだと思います。自分の居る現実世界がフィクションに吸収されるような空虚感の中にいつの間にか居ました。そして、自分の中に小さい僕自身が別の人格として現れたんです。それが“小さい裕”と言います。さっきから言っている意識下からの内なる声、というヤツです」
「人格解離……」
「ええ。自意識がショックから僕を守ろうと防衛した、と、その当時僕になにかとアドバイスしてくれてた大学教授が言ってました」
「そんなことが……君に……」

 あまりのことだったのか、清水センセは言葉が継げないようだった。

「ええ。僕もしばらく茫然と過ごしてました。そしてその子と頭の中で話をするようになりました。小さい裕は、言いました。僕はどこから来たんだろうって。本当のことが知りたいなって。それで可哀想になって。それから僕はその子のために除籍謄本を取りに、本当の両親が元居たであろう自治体の市役所に電車を乗り継いで行きました。そこで無事に除籍謄本を手に入れて、僕の本当の母は僕を出産する直前に死に、父は母の一周忌の翌日の僕の誕生日に自死したことを知りました」
「……聞きたいなんて言ってごめん」

 当時の僕よりもずっと辛そうな顔になった清水センセは、居た堪れない様子でメガネの下から両手で顔を覆った。