「まあ、実際、そうなんですが」
「それから? 何が起きたの?」
「僕の中の声は、真実が知りたいと言いました。だからもう、自分が死ぬために人をたぶらかすのはやめたんだと」
「あ……あぁ……そう」

 掻き消えるような相槌が聞こえた。

「そう……なんだ……そうなったんだ……だから僕と会って話さなきゃいけなかったんだ。もう……僕の存在理由は無いんだって……やっぱり、それを言いに来たんだね……」
「違います」

 僕はまた即座に清水センセの想像を否定した。事態はそんな簡単なものではないのだ。だが、清水センセは畳み掛けるように僕を問い詰めた。

「なんで? だって今の話からするとさ、もう裕くんはさ、僕が居なくても発作を起こさないんでしょ? だってあの発作は君を殺させるための餌みたいなもので……でも今は、殺されたい欲望より真実を求める心の声が大きくなったのなら、悪魔もやめられて、他人を犯罪者にもしないし、死神でもないから誰かを死なせなくなって、それで、君は誰かと一緒に居られるようになって、君を殺さなくても良くなって!」

 そんな未来が本当に来るのかも知れない。可能性として。

「ああ、それも有りかも知れませんね。先生が僕から解放されるのなら」
「そうか……そうなんだね。僕はこれっぽっちも願っちゃいないけど……やっぱり君は……僕から解放されたいんだよね」
「そう思えたら良いんですが」
「……どういうこと?」
「今、先生無しには僕の生活が考えられないからです」
「……違うよ。多分もう僕は必要ないんだよ。この短い間で、君は成長したんだよ……その成長に僕が関係ないとは言わないけど。いや、成長とかの範疇じゃないな。変容って言ったほうが正確なのかも。でもさ、それが正解なんだよ、人生は自由なんだから」

 清水センセはコーヒーをひと口飲んで、そして無理に微笑んでみせた。

「今、『Suicidium cadavere』を見ても、君にはもう、何も起きないんじゃないかな」
「僕はもうそれを確かめる実験はしたくないです」
「それは……いちばんするべきなんじゃない? 僕が裕くんを殺さなくても自殺の屍体で発作はもう起きないって、確かめるべきだ」
「それはないです」
「なんで!」
「そうなってたとしたら、僕はまた静かな屍体に戻れたってだけです。僕がそうなったら、先生の殺意も無くなる。だって僕が性欲に狂ったゾンビだから、ちゃんと殺してくれるんでしょ? 先生は」
「ああ、そうだよ……あの男に発狂させられた君の身体を静寂に戻してあげたい。それだけだ」
「今の僕はどうですか?」
「え?」
「先生ならわかるでしょ? 僕は今、どうなんですか? まだ先生に殺意はありますか? 実験なんかより、それがいちばん正確なんじゃないですか?」