本殿の前まで来ると幸村さんは一礼した。そして数段ある木の階段を上がり、財布から千円札を取り出すと、折りたたんで木の箱の中に入れた。僕も後ろから幸村さんの真似をして一礼し、階段を上がり幸村さんの隣りに立つと100円玉を箱の中に入れた。中でチャリンと音がした。太い綱が本殿の入口付近に下がっていて、なぜか幸村さんはその綱を掴んで左右に振った。突如ガラガラガラとデカい音がして驚いて首をすくめると、幸村さんが僕にもやれと言ってきた。

「ほら、これ振って。鈴鳴らすの」

 幸村さんが綱の上を指差すので見上げると、そこに大きな銅色の塊が括り付けられていた。

「なんですか? あ、大きい鈴ですか? アレって」
「ほんとにお参りに来たこと無いんだな。アレを鳴らしてケガレを祓うんだと」
「あんな大きな音をさせないと効果がないんでしょうか?」
「いや、音がすればいんじゃね?」
「はぁ」

 大きな音が嫌いな僕は仕方なく一回だけ綱を横に引いて、コロコロと鳴るのみに留めた。鳴らした鈴のその上に目が行くと、額が掲げてあって、大きな字で『秋葉神社』と書いてあった。あきばとは秋葉原の秋葉なのか、と気づき、秋葉神社と秋葉原は一体関係があるのだろうかなどと関係ないことが頭の中をよぎった。

「ささやかな音だなー。ほれ、今から参拝するからちゃんとお礼しとけよ。1年ありがとうございましたって」
「あの、僕はこちらは初めてなんですが…」
「神様なんてどうせ全部つながってんだから、この前のご神託のお礼を言っとけよ。お前は自分で決めないで丸投げしたんだから。俺はもちろん、あの時岡本を抱かせてくれて感謝しますってお礼するからよ」

 あのコイントスの回答が正しいか間違ってるかはこの現在の事態においてはとんと判断がつかない。だが、丸投げしたのは事実だった。どの神様に訊いたのかはすこぶる曖昧ではあったが、サンタ・ムエルテの祈願でも言われているように、神への願いに対するお礼は十分にせねばならないというのは、多分どの神様でも同じだろう。少なくとも死神の呪いが解けて、僕が悪魔として認知されたことは一見最悪なことに見えるが、最悪だからこそ事態が寺岡さんを巻き込んで動き出しているのも、長い目で見れば解決の一端となっているかも知れなくて、それならこちらの秋葉様という神様に、僕に神託をくれた神様に感謝を伝えてもらったらいいのだろうとそう思うことにした。なにしろどう考えても、それ以外思いつかない。
 そのようなことを整理しながら考えていると、黙った僕をいつの間にか幸村さんが覗き込んでいた。