そんな12月31日の夜の10時過ぎ、1本の電話が掛かってきた。清水センセではなかった。

「岡本ですがなにか?」
「お、出たな」

 あの電話以来の幸村さんだった。

「死んでませんよ」
「死んでてたまるか」
「生存確認じゃないなら何か用ですか?」
「下まで来てるから。降りて来れる?」
「え」
「路駐してるから」
「逮捕状あるんですか?」
「逮捕しねぇよ! バカかボケかわかりにくいんだよ」
「じゃあなんですか」
「ちょっと会いたくなったから2時間くらい付き合え」
「忙しくないんですか?」
「忙しいよ。お前と大晦日に10時過ぎからしか会えないくらいには」
「大晦日だからでしょう」
「まぁな」
「仕事中じゃないんですか?」
「俺は2日の出勤当番だから1日は休みだ。さっき仕事納めしてきたんだ」
「ああ、お疲れ様です」

 一体何が目的なのかさっぱりわからない。

「なんか用でもあるのか? 清水さんとこにお泊りか?」
「先生は病院に救急で呼び出されてるらしいです」
「大変だな。連絡有ったのか?」
「ええ、毎日。今夜も動脈瘤の緊急処置とか言ってたかな。今年は病院で年越しだって、さっき電話でぼやいてました。さすがに可哀想です」
「医者も警察も可哀想だなぁ。じゃ、法医学者はどうだ?」
「夕方まで仕事だったんで、疲れてますから寝ようと思ってるんですが」
「法医学者も可哀想組だな。明日は出勤か?」
「いえ。一応三日までは休みです。呼び出されなければ」
「そっか、じゃ、初詣行こうや」
「はぁ?」

 いつもの如く斜め上の提案に、僕はものすごく怪訝な声で聞き返した。

「いや、初詣だよ。電波悪いのか?」
「なんで僕と? まず、行ったことないですから」
「じゃあ、尚更だ」
「行って何になるんですか」
「俺が楽しいだろ」
「ああ…」

 呆れてその後の返す言葉が見つからない。

「おいおい、この状況で神頼みでもしなくちゃ、この先なんにも進まねぇぞ? この前のことだって、あれ、結局岡本がコイントスでご神託したからああなったんじゃねーの?」

 悔しいが、その一言は確かに的を得ている。

「岡本は死神信仰はあんのに、普通の土地神様は信じないのか?」
「それとこれとは別です」
「早く降りてこい。そんな遠くないから」
「いや、あの……はぁ…」

 僕は面倒臭さにため息をついた。すると、小さい裕が僕にせっついてきた。

(いこうよ。ゆきむらさんにはなすことあるんだよ? わすれたの?)

 小さい裕の言う通りだった。どのみちこちらから連絡しなければならないのだ。偶然にもその機会を向こうから作ってくれたのだから、小さい裕の言う通り僕はこの誘いを受けた方が実はあとあとの面倒さがないのだった。仕方なく僕は言うはずじゃなかった回答を告げた。

「2時間だけですよ」
「おおーそれでいいそれで。早く降りてこいよ」
「着替えますので、五分くらい掛かります」
「オッケ」
(わーい、よかったね! これでおはなしできるよ)

 ダッフルコートとスノーブーツを装備し、心地よい寒さの中へ出ると、いつものシルバーのワゴンがマンションの前の道に停まっていた。どこからか除夜の鐘の音がする。助手席を覗き込むと幸村さんが気づいてドアを開けてくれた。僕はそのまま中に入った。仕事から直行なのか、幸村さんはいつもの黒いスーツにコートを着てまだネクタイを締めたままだった。