「電話なんかで話す話じゃないね。でも、今、言っておかないと、君が泣いてるんじゃないかって思って。自分を責め続けて。それは、やだな」
「ずっと、わかってたんですか…」
「わかっていたような忘れてたような……でも言葉にしたのは初めて。でも裕くんの役に立つか全然わかんないな。気持ち悪い話して、聞きたくなかったかもね。ごめん」
「違います。謝んないで下さい。苦しんでたんですね、先生も。自分を責め抜いて。被害者なのに」
「ああ、うん。そう…かもね……」
「もう、やめませんか…」
「君がやめるんなら」
「それは無理です…僕は許されるような人間じゃない」
「じゃ、僕もやめられない」
「そんな!」

 僕がそう言うと清水センセはため息をついた。

「まぁ、そうだよね。そんなすぐやめられるもんじゃないのは、僕もわかってるよ。だからさ、約束して? 今は無理かも知れないけど、いつか、この罪悪感を捨てるって。僕もそうするように努力するよ。そのために話したのかも。そうだね、そのためか。ほらね、結局君は僕のことを救うんだ。天使なんだよ。ほんとうに」

 人の愛情に触れ、自分の卑劣さが浮き彫りになる。この人は一緒に堕ちようなんて言わないのだ。僕の悪魔は本物なのだ。救われる資格がない。
 だから、と、僕は思った。この人が救われるために、ウソでも“YES”と言うべきだと。僕は救いようがないが、この人は僕がウソをついてでも救われるべきであると。悪魔は欺瞞などお手の物ではないか。

「わかりました」

 しばしの沈黙の後、僕は彼の提案に肯首した。すると清水センセが電話の向こうで申し訳無さそうに言うのが聞こえた。

「あ、これ幸村さんのスマホだった。ごめんなさい」

 うっかり、ずいぶん長電話をしてしまった。向こうで幸村さんが、いいって、気にすんなとか言っている。幸村さんは今の話を聞いてしまって、どう思っているんだろう。僕とはまた違った清水センセの凄惨なトラウマに、こんな事態になったことを納得するんじゃないだろうか。優しくしてあげて欲しい。僕より愛情深い幸村さんは僕より愛情深い清水センセを慰めてあげられる。