「先生は悪くない。先生のせいじゃない!!」
「そう思いたいよ…僕だって…許されたいよ……でも僕はその上、母の死を開放だって安堵に打ち震えるくらい…望んでたんだ。だから幸村さんから君が死神じゃなくなった事の顛末を聞いて、僕はこの気持ち悪さを思い出さずにいられなくなった! ママが好き、ママ大好き、ママのことずっと好き! 僕、ママのこと…お嫁さんにするって……あの女の怒号と監禁の恐怖と孤独に怯えながら、機嫌の良い母に抱きついて言うんだ。この恐怖から逃れたい一心で! その女が僕を弄びながら言うんだ。大好きなのよね? お母さんと結婚したいのよね? 結婚するとこんなことするのよ。ね? 気持ちいいでしょ?」
「先生のせいじゃないです」
「同じことを君に言ってそれが受け入れられたことなんか一瞬たりとも無い!!」

 清水センセは叫ぶようにそう言った。そしてそれを覆うようにそっと呟いた。

「そりゃそうだよね……僕だって……許されるなんて思っちゃいないさ。だから君も、いつもそうだった。それがさっきわかったよ」

 清水センセは大きく息をついた。

「セックスを求めていないけど、逃れもしない。あの女が僕を辱めてから、僕は全く怒られなくなった。成功だ。これを続けていれば、この気持ち悪いサバトを持ちこたえていれば、僕はもうあの恐怖を味合わないで済む。でも、どっちが辛かっただろうね? 恐怖と絶望を天秤にかけたら」
「もう、やめて下さい。先生がつらすぎる」

 こんなひどい話を、僕のためにしてくれていることはわかっていた。もう充分だ。

「いいや、君がつらいほうが僕はいやだ。君のためなら僕は心が砕けたって良いんだ。君にだって理由がある。人の心を失いかけるほどの深い絶望があったんだ。それを理解して欲しい。僕も自分のそれを理解できるようになろうと思う。でもね、君が自分のこと、死神だって言おうが、悪魔だって言おうが、僕がたとえ君にたぶらかされていたとしても、僕はそのことが救いであり人生最大の感謝なんだよ。ねぇ、聞いて? 僕はね、恐怖と孤独から逃れるために自分の血の繋がった母をたぶらかして、近親相姦の罪を犯させて、その母の死を望んだんだ。僕が殺したようなもんだ。そして望み通り死んで……嬉しかった。屍体の母なら僕は愛せた。これが本当の悪魔なんだよ?」

 そして、ハハッと笑った。僕はゾッとした。
 僕は思い出していた。僕がさっき願っていたことを。彼のことを同罪であって欲しいと。そして願わくば、同じ悪魔であって欲しいと。一緒に腐り堕ちてあなたもダメなどうしようもないこの世にいちゃいけないような凶器だったらいいのにと! 破滅的な願望が叶った時、それを求めていなかったことに気づくのだ。こんなにも残酷で非道なことを願ったのかと。また同じだ、何度でも僕はこの人に同じ過ちを願い続ける! 殺してくれ、犯罪を犯してくれ、それでも反省したつもりでいた僕は、再び気が狂うと自分の利己的な渇望しか見えることはない!

 そして思う。こんな人間がなんのために存在してきたんだろうと。