久々に、本当に久々に寺岡さんの電話番号を携帯の電話帳から引っ張りだした。自分から掛けたことは大学に入学してから一度もない。たまに生存確認のような電話を掛けてくる。決して小島さんからではない、寺岡さんからの人を食ったようなからかい半分の電話。ごくまれに寺岡さんが「声聞かせてあげるね」とか言いながら小島さんに替わることもある。最後はいつだったっけ? ちょうど、今の法医学教室に転職して、幸村さんが僕に執着するようになった青酸カリ殺人事件の頃だった気がする。幸村さんのことを寺岡さんに話した気がする。それとも小島さんにだっけ? あとは、小島くんは元気にしてるよ、私とも幸せに暮らしてるから、もう隆は返してやんないからね、ざまぁみろ。というノロケに似せた小島さんの生存報告をちゃんと入れてくる。それで僕もこっそり安心して、けんもほろろに電話を切る。大した用事じゃないんでしょ? とか言って。もう、あなた達に興味なんかないですという姿勢の表明だ。

 驚くだろうな。僕から電話なんて。寺岡さんのことだから、きっとそれだけで僕の緊急事態だとわかっちゃうんだろう。嫌だな。心配されるのも、これが隆にわかられるのも。隆は巻き込みたくないんだよ。マジで、だ。今度ばかりは寺岡さんに約束を守ってもらわなければ。全然信用ないけど。
 1分ほど躊躇ったあと、トロールのかけろ!かけろ!かけろ!の罵声のような連呼に頭がおかしくなりそうになって発信ボタンを押した。

「うそ……」

 僕が一言も言わない内から、電話越しの寺岡さんは自分の名前も名乗らないうちに、信じられない、というようにそう言った。

「裕君!?」
「ご無沙汰してます。岡本です。いま、お話出来ますか?」
「いいよ! 出来るよ! マジ? どうしたの? いや心臓バクバクしてんだけど」
「ご病気ですか」
「ナメてんのか? 変わんないね!」

 そう言って寺岡さんは笑い出した。