「いえ、僕が幸村さんに言われなくてもそうしているべきだったんですよ、それは。僕は甘かったんです。法医学者としてあるまじき態度でした。だからそれは幸村さんが正しいんです」
「じゃあ、俺がお前を発作のたびに抱いてたのは必要だった、って思ってくれてるってことか?」
「ええ。必要でした。僕はそこ、結局無力だったので。抱かれる前にはわからないんです。ダメですよね。治めてもらった後で自己嫌悪に落ちるんです。悪態をつきながら幸村さんの身体に馴染んでいくのも、結局拒否も出来ないのも。でも僕が危惧しているのは、いつもですが、必要と好意を勘違いされて、僕が生きている人を好きになる可能性があると思われて、僕に期待して絶望して死に急ぐことなので」
「わかってるよ……わかってるけどな」
「最初から僕を好きな人に期待させられないでしょう?」
「本当に俺のことなんとも思ってないのか?」
「ですから、感謝はしてます。だから好きか嫌いかもわからないのが大変申し訳なくて困ってます。っていうか、そう、ずっと言ってます。なんならどんな人にもそう言ってます」
「もう少しなついてたような気がしてたんだけどな…」
「ですから幸村さんの身体に慣れはしました。何度も抱かれたので」
「……それか」
「上手だし」
「認めたか」
「だからマズいなって思いました。益々、勘違いされちゃうって思って」
「勘違いしてたよ……お前の予想通りな」
「誰もが勘違いしますから……僕は発作の時は誰でも良いし、誰でも僕の首を絞めれば射精するし。当然と言えば当然ですね」
「お前がホイホイやらせなきゃ良いだけだろ」
「大学以降はそんなこと幸村さんにしかされてませんよ。中学生でそれは無理です。だいたい無理矢理だったし。幸村さんも半ば無理矢理でしたが」
「そうかよ……そうだったな。すまん」

 幸村さんは案外素直に謝った。そして真顔で言った。

「清水さんとは、本当に会ってからずっとエロ無しで来てるのか?」
「ええ。無しです。個人的な話とか聞きませんでしたか?」
「いや、ただ、性的な行為にトラウマがあるってしか聞いてねぇよ。だからお前の発作でパニクるかも知れないって釘は刺された」
「詳しくは聞いてないんですね?」
「ああ、ざっくりそんなとこだ。岡本は聞いたのか?」
「ええ……僕が言わせたというか……僕の過去も非道いと幸村さんは言いますが、清水センセのは違う意味で凄惨な非道い話です。誰にも言えないような話ですので、無理に聞いちゃダメですよ、マジで」
「ふうん。俺にしてみりゃ、岡本が他の男に抱かれないのは気が楽だから良いけどよ」
「同情とそれは別なんですね」
「当たり前だろ。俺は至って健全でフツーなんだ。で? 今はどうなんだ? アレの具合は。我慢できんのか? 勃ってんだろ?」

 幸村さんは憚りもせず僕の勃起度を尋ねた。実際それが健全でフツーなのだろう。

「なんか、勃ったり緩んだり繰り返してます。下半身は軽く痺れてる感じです。こんなくらいだったら自分で出して寝れます」
「ふーん」

 幸村さんはそう言うと無表情になって、信号で右折のウィンカーを出して止まった。もうすぐ僕のマンションに着く。信号が青になりハンドルを右に切ると、駐車場が見えてきた。その手前で、幸村さんは口を開いた。

「あのよ、ちょっとでも性欲があんならさ、最後にもう一度やれねーか?」
「え」
「もう一度くらい抱きてぇ、最後」

 幸村さんは、何でもないような顔をしてしれっと僕に聞いた。雪は少しづつ強さを増し、風に煽られた霰がフロントガラスに当たって跳ねた。