「雪がチラついてきたぞ」

 手の中に出現した温かいココアの缶を見て、いきなり十数年の年月が巻き戻されたみたいに感じた。こんなことある? 思い出してたらこんなことまでシンクロするんだ。隆と行った都会の四角い海が、目の前に広がった。可笑しくて胸の奥が詰まった。

「なんで……ココアなんですか」
「いや、こっちのほうがカロリー高いから」
「…参ったな」
「なんだよ。何でも良いんだろ?」
「ええ、何でも良いです……何でも……」
「何でもいいんだよな。あーあ」

 情けないことに、なんだか目が潤んできたみたいだった。バッカみたい。なんなんだよ、これは。

(お前にはお前をイカせる世界があってさ、そこに居ればいいだけなんだしな。きっと俺と別れるときでも…お前は泣いたりしないだろ…)

 あーあ、の後が継げずに、幸村さんはコーヒーの缶をプシュと開けて一口飲んだ。あのとき、隆はコーヒーを飲んだ後、苦そうな顔をして、僕にそんなことを言ったんだ。偶然に支配されたカウンターパンチを喰らったおかげで、僕は予定していた質問とは違うことを尋ねていた。

「幸村さんは……今後も僕に期待するんですか」
「さぁな」
「さぁ、な?」

 予想にない答えに僕はオウム返しに聞き返した。

「意外か?」
「……そうですね」
「さっき、お前と清水センセの会話をずっと隣の部屋で聞いてたけどさ、随分、俺に対する扱いと違うんだな」
「ええ。そうですが」
「は……しれっと肯定されたわ」
「それはそうなります。あの人は僕の気持ちをほとんど理解しているので……幸村さんと違って」
「お前の気持ちがわかるって、そんなイカれた人間いるわけねーだろって思ってたんだけどな」
「僕もそう思いました。でも、そのおかげで今後もどんどんおかしくなっていきそうで…今頃嫉妬で狂って、薬、オーバードーズしてないか心配です」
「だろ? でも、俺が岡本送っていくことについては、あいつはすんなり同意したんだけどな」
「信じられませんが」

 幸村さんは嫌そうな顔をした。

「勝つってわかってたから、だろうな。俺に完全勝利するからだろうよ。あんまり一人勝ち過ぎて俺が可哀想になったんじゃね? そして先ほど、確信は事実に変わったわけだ。その時点で俺はもう、お前のレスキュー隊じゃなくなったんだし。岡本んちまでを最後の花道くらいに思ってんだろうな。俺の監視もお前に未練タラタラだからって思ってるみたいだし」
「お互い、そんなに同情してるんですか……」
「お前から言われたくねーや」

 ブスッとした顔で言い切って、幸村さんは機嫌悪くなった。