「俺も、お前と同じだよ。あの人を犯罪者になんかしたくねぇんだ。お前を死人にもしたくねぇ。わかるだろ? あの人の殺意ってのは……なんつーか変わってて、お前を苦しませたくないの一心なんだよな。もちろんそれには屍体を愛してるっていう自分の性癖が根底にあるからなんだけどよ。だからお前が生きてることに今以上に苦しんで苦しんで死にたくなって、それでも清水さんを人殺しで逮捕させたくないってなっても、清水さんは約束よりもお前を殺す方を選ぶんじゃねーのかって、そういう危うさがあの人にはあるんだわ」

 全部ではないだろうが、それも今の幸村さんの心象風景なのかと思うと、ほんの少し身震いは止まった。幸村さんはタバコを箱から出して咥え、おもむろにライターで火を点けた。それから思い出したように窓を少しだけ開けた。冷たい空気が入ってくる。冷気で少し気分が良くなってきた。それでも禁煙をやめさせてしまった後ろめたさが少し疼いた。

「……だから…僕は信じられるんですよ…あの人を…」

 絞りだすように僕は決定的なことを吐き出した。そんなことを言えば、幸村さんに見張りを諦めさせることがどんどん出来なくなるのに。

「そうか……そうなんだな。俺の感覚はお前もわかるか」
「わからなかったら…発作は治ってない」
「確かにな。両刃の剣てのはこのことだな。俺だってそれがわからんかったらおまんまの食い上げだ。ちょっとコーヒー買ってくるわ。待ってろ」

 変な共感を残してバタンとドアを閉め、幸村さんはしばし車の横に佇んだままタバコを数口吸うと、コンビニに入っていった。急にシーンとなった車内で僕は思い出していた。この途方に暮れた感じ、覚えてる。寺岡さんが隆に自暴自棄に告白した日のこと。歪な三角関係と、絶望的に先の見えないこの感じが、今の僕と幸村さんと清水センセの間にも流れているようで、無意識のうちに僕も溜息をつき、それに後から気づいていた。

(いったいどうすれば僕たちの監視をやめてくれるんですか?)

 聞きそびれたそのことを、帰ってきたら聞かなければ。しばらくして幸村さんが車に帰ってきた。ドアが開くといきなり僕に温かい缶が押し付けられた。

「ほれ、ココア。別に何でもいいんだろ?」

 幸村さんはブラックコーヒーの缶を握って、さむぅ、と呟いた。