「その通りだね。で、耐えられる?」
「やってみないと」
「これから君は何回も何十回も自殺の屍体を解剖すると思うけど?」
「ええ、やってみないと」
「そうだね。やってみないとわからない。理論的だ。科学的だよね。なんだって実験してみないとわからない。今までのエビデンスは僕がいつでも君を殺せるという保険で相殺できるという仮説に基づく結論だ。じゃあやってみようか。でもなぜ、そんな我慢してまで僕の人生の責任を取ろうとするの?」
「当たり前じゃないですか。僕一人のために先生の人生が犠牲になるのが間違っているからです。今日電話して僕はようやくそれに気がついたんです。当たり前なことなのに、異常な僕はさっきまで全く気づけませんでした。人の人生は一人のためだけに有ってはいけないんじゃないかって。先生は自分で気づいてないんでしょ? 僕以外の日常も大事だっていうことにです。患者さんの処置のこと、すごく熱心に話して、心配して、心も身体もそれのために時間を割いてた。それが本来の清水先生なんじゃないかって。そんな期待されてる優秀な医師に僕は自分を殺してくれって当たり前のようにお願いしたんですよ! 僕なんかを人生を賭けて救おうとする先生も先生です! 僕達はもう10代のモラトリアムなんかじゃないんだって、僕は気づいた、でも遅すぎて、馬鹿なんじゃないかって」

 これが苛立ちの原因かと、僕は言ってみて気がついた。僕の無邪気で幼稚な渇望をいとも簡単に満たそうとする清水センセに苛立っていたということなのか。訳のわからない恐怖を押し殺して、無理に無理を重ねて大人になろうとしている僕にはその清水センセは救世主であるし、同時に苛立たしかったのか。

「だから、本当にすみません。自分のことしか全く考えてない、ただの自己中の異常者の願いでした。最悪だ。自分で最悪と思えてるのが精一杯の良心です。これも先生が僕の願いを受け入れてくれたからわかったことです。さっきまで僕はなんと中学生だったみたいです。でも先生のお陰でこの5時間ほどの間に13年分の成長を遂げられました。ありがとうございます」

 それを聞いた清水センセはうなだれて、メガネの下から両手で顔を覆った。何を考えているのかわからなくて、僕は黙った。メガネがぽとりと彼の膝に落ちた。清水センセはゆっくりと手を顔から離し、メガネの左右のツルをそれぞれ両手の指で挟んで、掛け直すこともなくじっと見つめながら口を開いた。

「その自己中の君が僕の人生の目的なのに、どうしたもんだか……まだ足りないんだなぁ。まぁ、そうだよね。こんな短い時間で僕を信じろって方が無理だ。しょうがない、それは。だって君と僕、出会ってまだ三日しか経ってない。僕の13年は僕だけのものだ。そうそう。そうだよね。僕にとって当たり前なことを君は知る由もないし、僕もまだほんのちょっとしか見せちゃいないんだよな。そんな時に医者の仕事の話なんかするんじゃなかった。鶴が『機織ってるところは決して見ないで下さい』って言った気持ちがわかるよ。僕だって出来るもんなら解剖か検視だけして生きて行きたいさ。でもそれじゃあ君を探せなかったんだ。ヒマもカネも無いのに、名前しかわからない動画の中の君を探せるわけ無いだろう? 人を生かすことに僕は意味なんか感じてないんだ!」

 そう断言すると清水センセはメガネを掛け直し、そして僕を見据えた。