「すみませんが、僕が出会ってからの先生の行動も言動も本当に異常でしたから。だから僕は相討ちみたいにあなたを巻き込めるって、きっと無意識にどこかで思ってた。この世から零れ落ちそうな異常者と破綻者が出会って鍵と鍵穴みたいに互いを必要としていて、その奇跡に僕は発狂しそうになりました。後先考えずに僕を殺してくれと気がついたら叫んでいた。でもそれは違った……」
「それが今日言いたかったこと? 裕くん」
「はい、そうです。今日の電話で僕は気がついたんです。それは清水先生の一面なんだってことに」
「へぇ……」

 清水センセはまた微笑んだ。そして口元を手で覆うと、少し首を傾げた。どういう意味かはわからなかった。とても失礼なことを繰り返し言ったので、少しは怒って見損なって欲しいのに。見損なわれて……そして……そのあと僕はどうするの?

「今日、僕はたったの一人で、先生を必要としている生きたい皆んなは大勢いるんだって気がついたんです。僕はたった一人でも先生を破滅させるほどのことを望んでいる。でも、生きたい人たちは大勢で先生を求め、感謝して対価を払ってくれる人たちです、今までも、そしてこれからも。どちらの役割が社会にとって大事かわかるでしょう? 僕だって人に殺人を依頼して法を犯させるような非道を望んでなんかいないで、普通に死ぬまで法医学者として解剖して少しでも社会の役に立ったほうがきっとマシなんです。それを考えたら我慢できると思うんです。いや、我慢しなきゃなんないと思うんです。いつでも先生が殺してくれるっていう保険があるなら、出来るかも知れない。それであなたが殺人の罪で社会から抹殺されることが阻止できるんなら……」
「君が苦しまなければ、それで良いよ」

 僕の言葉を遮り、微笑みながら清水センセはそう言ってうなずいた。その言葉に更に頭の芯まで恐怖で痺れていくのがわかった。異常に饒舌な僕の提案を清水センセが受け入れてくれればくれるほど。座っているのに平衡感覚がおかしい。“あなたの保険があれば僕は苦しまずに仕事を全う出来ます”。僕はここで“出来ます”と言い切らなければならない。たとえもし出来なくても、そう断言するべきだ、と。

「それは、やってみないと……わかりませんが」

 だが、ここでも目的とは裏腹に、僕の口からは、そのような覚悟はなぜか出てこなかった。