牛乳1パックで過ごしたその日の午後、明日は土曜日だが、僕は体調不良を理由に休日の出勤当番を堺教授に外され、更に定時に帰宅させられた。家で夕飯に例の冷や飯と味噌汁を流しこんだ後、ベッドの上で着替えもせず、携帯を見つめたまま30分くらい固まっていた。いや、もっと短い時間だったかもしれないが、それなら30分に感じてたということなのだろう。休日出勤を外してくれたにも関わらず、これから掛ける電話次第でもっとハードな土日になるだろう、とそれを一瞬躊躇し、堺教授に申し訳なく思いながら、そして10分ほどかけて覚悟を決めた。
 誰に? もちろん、彼に。
 震える指で通話ボタンを押したのは夜の7時だったが、清水センセは電話に出なかった。仕事が終わっていないのだろう。それは病院の勤務のためなのか、それとも検視で現場に出ているのか、ただのトイレなのかはわからなかった。救急や休日診療も受け付けている市民病院など、夜の7時に勤務が終わっていることなどそもそも無いのかも知れないが、病院勤務をしたことがない僕には、大病院の、しかも放射線科医の勤務時間の状況などわかるはずがなかった。何時ごろ勤務が終わるかということを僕も訊く発想もなかったし、清水センセも僕の選択に任せた以上、こんなに早く僕が連絡するとは思っていなかっただろう。
 呼び出し音は6コールで留守電に切り替わった。

『ただいま電話に出ることができません。ピーと言う発信音の後に、お名前ご用件等を、お話しください』

 留守電は苦手なので、そのまま何も言わずに通話を終えた。僕からの着信だったら、確認した清水センセはすぐさま折り返すだろうと思った。電話が繋がらないのは冷静になれと言うことかも知れない。このままでは取り乱して話にならないだろう、多分、お互いが、だ。そんな 内容のことを伝えなければならないのだから。
 電話が鳴ったのは、それから1時間弱くらいだった。待つ時間に耐えられなくて、僕はベッドで横になり上手いことウトウト出来ていた。急に聞き慣れないベル音がして驚いて飛び起きた。何時かどうかもわからなかった。ベルの音が自分の電話だと気づいて、ようやく枕の脇に埋もれていた携帯を探し当てた。

「は、はい、岡本です」
「もしもし、清水だけど、ごめん、遅くなって。せっかく電話くれたのに。ほんとごめんね。でもありがとう。昨日は……ごめん。本当にごめんね。昼はテンパってて謝るの忘れて、それもごめん。あんなことのすぐ後なのに電話してくれるなんて信じられないよ」

 清水センセは珍しく小声で話した。他にスタッフが居るのかも知れない。