「…互いの美意識の違いについては、後からゆっくり検討しよう。僕はその先を話したい…楽しいけど」

 それが目的だった、と僕は脱線の時間を費やした自分の迂闊さを後悔した。だが趣味の違いはあれど、こんな屍体の話は止められない。

「すみません…先を」
「うん、そうしよう。僕のいたサークルにはよくOBの先輩が来ていた。その中の一人で僕と仲の良かった先輩がいた。名前は…そう…Aさんとしよう」

 それが佳彦だったのだろうか? いや、佳彦とは1回しか話していないとドクター清水は言っていた。違う人だと、僕はすぐに推測を修正した。

「Aさんは10歳位年上の男の人で、サブカル同好会創立メンバーの一人だった。表向きの顔は都内のIT企業の産業医でね。週4勤務で月収1000万とかで、勤務時間は9時5時、当直もないからまぁまぁの職場だよね」
「…はぁ」

 月収1000万円という金額も、産業医という業種も、まったくリアルな想像が出来ない。僕も一応医師免許を持っているのだが。

「そのAさんは医者である前に、重度のサブカルおたくだった。サブカル全般の雑多な嗜好だったなぁ。その替わりどんな分野でもそれなりに話が出来るんだよね。その中でも奇形モノのが特に詳しかったなぁ。もともとは形成外科だったし。それが趣味に費やす暇な時間と余裕ある資金のために週4の産業医になったってくらいで。それらを利用してSM系のイベントを立ち上げたり、自分のコレクションを増やす一方で、海外の裏コネクションを通じてサブカル仲間と希少本なんかを分けあってた。それが高じて通販のみのサブカル本専門書店を立ち上げることになって、5年もするとマニアの中でもコアな連中が利用する裏の名店に成りつつあった。動画やDVDなんかも扱ってて、実態の半分は『変態御用達のエロ・コンテンツショップ』っていう感じだったけど」

 そういう書店の話をどこかで聞いた記憶があった。思い出さなきゃいけないような気がした。

「サブカル同好会にたまに顔を出すAさんといろいろ話すうちに、僕は彼の扱うコンテンツの利用者になっていった。つまり顧客だ。まぁ、Aさんが同好会に顔を出すのも新規顧客の開拓だったみたいだし。そして更に彼から見込まれて、コンテンツの製作もするようになっていった。主に画像と、そして動画。それをDVDにして売ったりしていた。もちろん、屍体のコンテンツだよ…僕には撮影の才能があるって最初に言ってくれたのがAさんだった。僕は子供の頃からカメラが好きなんだ。現実には一瞬でしか無い時間を切り取って永遠に保存できる写真や動画が僕の嗜好にとても合ってる」
「例の美意識の件ですか」
「そう、屍体は腐る。生者もまた老いる…その変化は僕にとって、敵だ」

 僕にではなく、独り言のように彼は呟いた。