「ほんとうに聞きたい?」

 そう言うとドクター清水は笑顔をやめた。それはドクター清水にとってもあまり面白い話ではないようだった。

「ここまで思わせぶりなことを聞かされては」
「言うね」
「約束ですから。ここに来たからには話して頂かないと」
「そうだった…なにから話そうか? いや、何から話して欲しい?」
「なぜ僕を、ゆう、と?」
「13年の間、君の個人情報はそれだけだったから」

 ドクター清水はまた13年間と言った。

「13年前になにがあったんですか」
「良い質問だ。それに答えれば、君に効率よく話が出来るかもね」

 ドクター清水は不意に立ち上がり、僕の方に手を伸ばした。なにかされる…と僕は起こしていた上半身を反射的にソファの背もたれまで退却させた。

「何もしないって」

 僕の前の皿を取りながら彼はため息をついた。

「あのとき、そんな感じだったんでしょ…あの人から…」
「…僕のことは…いい」
「僕のほうがずっとずっと沢山、岡本先生に聞きたいことがあるんだけどな」

 自分の皿に僕の皿を重ねながら彼はキッチンに向かった。

「これだけ片付けてくる」
「ああ…すみません」

 自分で片付けなくてすみません、だか、勘違いしてすみません、だかは自分でもわからなかった。

「水が欲しかったら勝手に自分で注いでね」

 帰ってきたドクター清水は手に水を入れたガラスのピッチャーを下げていた。ほとんど空になったグラスは片付けていなかった。

「はい。勝手にもらいます」
「OK。じゃあ、始めるか」

 テーブルに水の入ったピッチャーを置くと、彼はソファに座り、僕と同じように深々と背中を沈め、脚を組んだ。

「13年前の話をする前に、14年前の話からしよう。プロローグってやつ」
「はあ」

 もったいぶらずに核心を話せ、と僕は内心イラッとした。

「14年前に僕は医大に入学して、サークルはサブカル同好会ってのに入った。もともと僕の趣味は小さい頃から人とちょっと変わっててさ。小学生の時から憧れの偉人なんかも同級生と違っててね。人付き合いも悪いし…高校まではあまり明るい人間じゃなかった」

 その話は今の彼の印象とは少し違ってて、どちらかといえば僕寄りの学生時代かも知れなかった。二重人格ぽさの原因だろうか。

「高校の時に進学校に入って、ようやく学力の同じレベルの連中と知り合った。IQ高い奴らには変わり者がそれなりにいてね。僕はようやく自分の趣味の話を仲間と話せるようになった。受験に受かって進んだ医大の連中は更に変わり者が多くてね。それでも新入生のサークル勧誘で気の合いそうなサークルはそこしか無かった。高校生の時には僕の趣味はサブカル好きの仲間の間でも特にグロかった。でもこの大学ではそれは誰でも行う授業の一環で、実習の相手だった」

 そして少し微笑んで彼は僕を横目で見た。

「屍体が好きなんだ」