白百合霊園の裏手にドクター清水の家は有った。驚きと混乱の連続で、僕の頭からは“行きつけの中華料理屋”なんていうワードはすっ飛んでいた。こと、食べ物の話だから尚更すっ飛びやすかったのかも知れない。ご飯食べに行きましょうなんて、それもウソだったろうに。僕の頭の中は、ドクター清水はなにをどこまで知っているのだろう。一体なぜ僕を裕くんと呼ぶんだろう。13年探したって、なんなの…でいっぱいだった。 会うまでは「自殺屍体を検案してくれる恩人」のはずだった。今日1日でいつの間にかその恩人のタグは外れていた。

 僕がさっきの会話で頭の中を掻き回されている間、霊園のパーキングから家までの道のりを、もう彼は一人で話を盛り上げることもなかった。ハンドルを握る無表情な彼の顔からは、なにも読み取れなかった。どれが本当のドクター清水なんだろうかと答えもさっぱりわからないまま、僕はなすすべもなく彼の家まで運ばれていった。

 家がそこに有ることが一見わからない。裏は林だった。玄関先にあるガレージは母屋のポーチと繋がっていて、屋根があり雨雪でも濡れないようになっていた。アプローチは暗くて、明かりも無かったが、ガレージのどこかにスイッチがあるらしく、玄関先の明かりがボオッと点いた。

「階段、気をつけてね」

 車中でなにも話さなかったドクター清水が振り向いて口を開いた。吐く息が白い。3段ほどの階段を上がって彼が鍵を開けた。僕はためらいながら後を付いていった。
 玄関も廊下も片付いていて、家の中は既に少し暖かかった。

「スリッパ、履いて下さい」

 木の廊下に焦げ茶色のスリッパが並んでいる。2足有るということは、客人のことも考慮に入れているのだろう。廊下の両側にドアがいくつかあり、行き止まりの先のドアをドクター清水は開けた。フロアの明かりが点き、彼は僕に目で入るように促した。部屋に入ると、広めのリビングには薪ストーブがあった。

「そこ、座って下さいね」

 僕がコートのまま無言でリビングのソファに座ると、ドクター清水はカバンを木の床に置き、コートのまま薪ストーブの中をゴソゴソとイジっていた。しばらくすると、パチパチと木が熱で爆ぜる音がしてきた。壁に薪を置くラックがあり、僕はこれらのものは初めて見た。だが暖房器具は得意ではないので、あまり部屋が暑くならなければいいな、と思っていた。

「すぐには暖まらないけど、大丈夫なんですよね?」

 そんな僕の心の中を見透かすように、暖炉の鉄の戸をキィと締めながらこちらも見ずにドクター清水はそう言った。