突然の出来事に僕は驚きのあまり固まっていた。僕を抱きしめているドクター清水の呼吸音だけが静まり返った車の中に響いていた。とにかく状況の理解をしなければ、と、僕は努めて冷静に彼に尋ねた。
「あの…これはどういう…?」
「変な音なんてしてない」
「は?」
「ごめんね…ウソついた」
「あ…え?」
「お願い…もう少し…このままでいさせて」
途切れ途切れの囁きが僕の耳元で鼓膜を震わせる。このままでと言われ、仕方なく僕は言われるままに抵抗もせず抱きしめられていた。そして、ドクター清水は幸村さんを狙っていたのではないということがたった今、僕にもわかった。僕だったのだ。ウソをついてでも人気のないところに車を止めたのは僕にこうしたかったから…それでも、初対面の人にこんな風にされるのは、まったくもって意味がわからなかった。
「ようやく見つけたんだよ…どれだけ探したって思ってるの?」
そのドクター清水の言葉に僕は耳を疑った。見つけた? 探した…!?
「えっと…あの…意味が…」
「13年…13年探した。13年間、ずっと君のことばかり考えてた」
ドクター清水の声が震えている。その生々しい声は、今日初めて会ったばかりの人である僕にとって、違和感以外の何ものでも無かった。
「あの…すみません…わからない、です」
「うん…そうだね。わかるわけがないと思うよ、僕も」
すると彼は、後ろから抱きしめられたままになっている僕の耳元で小さく囁いた。
「やっぱり…拒否しないんだね、君」
「え…?」
「普通、振りほどくでしょ…こんな、初めて会った人に抱きしめられたら」
「そう…なんですか? このままでと清水先生に言われたんで」
「やっぱり、誰でも、いいんだ」
やっぱり、誰でも良い? 僕はにわかにはその意味がわからなかった。
「どういう…ことで…すか?」
「わからない?」
「ええ」
「わからない…そうだよね。好きも嫌いもわからないから…あの人がそう言ってた。裕は、拒否も愛することもしない。でも、誰にでも抱かれてイクって」
あの…人…?
「だっ…誰ですか!? あの人って誰!?」
僕は思わず彼の手を振りほどき、後ろを振り向いていた。めまいがした。振り向かずにはいられなかった。衝撃で世界がぐんにゃりと歪んだような気がした。そんなこと言う人なんて、あの人しかいない…この、すべてを始めたあの人以外。