「トリセツによると岡本先生、食べられれば何でもいいんでしょ? なら僕の行きつけの店、付き合ってくださいよ。美味しい中華料理屋があるんで…僕の車出しますから行きましょうよ」

 なにもなかったようにニコニコしながら、ドクター清水は僕に提案した。さっきの文書はちゃんと読まれてはいる。だが、何も無かったようなのが却って異常な気がする。

「僕は自転車があるんで…」
「ああ、食事が済んだらここまで送りますよ」
「面倒掛けますから…」
「いいですいいです! せっかくお会いできたんですから…Aiセンターのことだけじゃなくって、まだお話ししたいです。世間話っていうか、そうそう、コレの解説が要るし」

 そう言って、ドクター清水はさっきのプリントを僕の前にピッと立てた。
 
 押し切られる形で、食事に行くことが決まった。本当は断りたかったが、取説の説明を要求され、無下にも断れなくなった。それになにか有無を言わせぬ圧力のようなものを感じた。各所の施錠を確認して鍵を事務室まで返しに行く。その間にドクター清水は車を入り口まで回してくれると言って先に出て行った。

 コートを着てカバンを掴み外に出ると、白いプリウスが玄関先で待っていた。助手席がガチャっと開く。

「どうぞ!」
「あ、はい」

 ドクター清水の隣に座ると、かすかにミントの香りがした。車の芳香剤なのだろうか。ゆっくりと音もなく車が滑りだした。

「いつも自炊なんですか?」

 運転をしながらドクター清水は僕に訊いた。

「ええ、簡単ですが」
「味にもこだわり無し、ですか?」
「あ、はい」
「好き嫌いが無くて、味にもこだわりがないって、食材、どんなふうに決めるんですか? まさか闇鍋みたいな?」
「いえ、栄養士の指導を参考にしてます」
「へぇ、やっぱりそこは医学的なんですね。知り合いに栄養士さんでもいらっしゃるんですか?」

 質問は続き、僕は「脚気」になった概要を行き掛かり上かいつまんで話した。

「…病院の診断でわかりました。それ以来栄養士さんの指導通りに食材を選んでます」
「真面目なんですねぇ。岡本先生は」
「さあ。自分ではわかりません」
「確かに、そうですよね」

 僕が相槌も打たなかったので会話が途切れたが、構わずドクター清水は話を戻した。

「いやぁ、今、若い人の脚気割りと多いですよね。でも岡本先生みたいに、ジャンクフード中毒とかアルコール中毒とか無くてもなるんですね」
「ええ、まぁ」
「1960年代までは膝蓋腱反射は健康診断では必須項目だったらしいけど、今はしませんよね。やっぱり現代こそ復活させるべきなんじゃないかなぁ」

 ドクター清水は医者らしいまっとうな話をしている。さっきのはなんだったのだろう? 彼自身、自分で自覚はあるんだろうか?