あの女装子め…! 口止めしておくんだったと僕は激しく後悔していた。口は軽そうだとは思っていたが、まさかここまでとは。可能性としては佐伯陸がイケメンのドクター清水を誘惑してすでに肉体関係すらあったりする可能性もある…まさかピロートークであれこれバラしたというやつなのか? そんな自分の想像が痛い。 しかし佐伯陸ならやりかねない。とはいえこのままドクター清水を知らぬ存ぜぬで振りきるのはかなりな気力と言葉を重ねる必要があると、それはもしかしてエネルギーのロスかも知れないと僕は気がつき始めた。

「おおむね間違ってはいない、です。佐伯くんとは友達ではないですが」

 そして僕は平静を装い、それを肯定することにした。佐伯陸の暴露した話は、この窮地において、逆に部分的に都合が良いと僕は判断した。これからのドクター清水との関係性に於いて。

「ですから、生きている幸村さんには興味ないですし、佐伯くんにも同じです。屍体は静かですし、それが落ち着きます。なのでAiには興味があります。勉強してその可能性を追求したいです」

 それを聞いたドクター清水は、残念そうにため息をついた。

「ああ、そっか…それじゃ僕にも興味ないですよね。ごめんなさい。そうかぁ、そうですよね。そうですよ、情報はあったのに実際の出来事と結びつかなくて。気が付かなったのは僕が至らなかったです。なにか僕は勘違いしてた。申し訳ない」

 意図していたものの、二度も謝られてなんとなく気が引けたので、僕はフォローに入った。

「いえ、あの、謝られるのも困ります。そもそも僕は生まれつき脳の機能が人とかなり違ってるんで、普通の人の感覚とかなり違うんです。嗅覚も触覚も味覚も鈍いし、それで生きている感覚自体が薄いんです。それに視覚が嗅覚野を乗っ取っているので、視覚情報を人より多く処理できるみたいで、どうも見ているものも人様の見ている景色と違っているらしいです。おまけに聴覚が温度の感覚と結びついている特殊な共感覚まで装備してるので、音と高い温度に過敏で…気温が高いだけでノイズで疲れてしまうから、いつも静かじゃないと精神的にも辛いし、身体にも堪えるんです。すみません…あまり人に理解されないし、長くなるので…言いたくなくて」

 ここまで知られたら隠すより、利用するほうが流れ的に楽だろう。これくらい言っておけば、だいたい人は僕の変人っぷりにも納得できて、追求の手も緩むはずだ。また人と脳が違うことで奇形に対する憐憫に似たものを引き出し、同情させて、なおかつ僕とあなたはいくらすりあわせても共感には届かないことを理解してもらえる。多少不本意ながらそういう作戦を僕は取った。

 本当は自分の特殊性についてはあまり人には言いたくはなかった。自分を見せたくないし、興味を持たれることも多いだろう。また、逆手に取られてなにかの不利になる可能性もあるだろう。だが、今後も関係せざるを得ないこの方には、少々キツく言ってさっさと関係性の不可能感を高めてもらわねばと、僕も背水の陣の認識で望まざるを得ない状況だった。これは佐伯陸のとの邂逅の時の判断に似ていた。

「ですから…」
「…岡本先生…僕…知らなかったです…それ」

 丑三つ刻の幽霊の囁きのような、恨めしげな低い呟き声が聞こえた。誰の声? と一瞬僕は他の人が部屋に居るかと思い、キョロキョロあたりを見回したが、当然ながら誰も居なかった。つまりそれはドクター清水の口から出た声だった。