「な、なんで佐伯君に…?」

 驚きのあまり、僕の心臓は早鐘のように打っていた。いつも脈拍の遅い僕の心臓には過酷な負荷だ。正直しんどい。というか、この会見は総じてしんどい。ドクター清水はなぜこうも僕の鬼門のような迷惑な人脈をピックアップしてくるんだろうか。わざとか…これには意図があるのか? しかし僕にそれをわざとする理由とは一体何があるっていうのか?

 僕の胸中とは反対に、ドクター清水は更に余裕の表情で、アメリカ帰りらしく身振り手振りで佐伯陸との接点の説明をし始めた。ここまでくるとそれら全部があざとく感じてくる。ヘロインを運ぶのに、会社のプロジェクトの企画書と会議のレジュメと自己啓発系ビジネス本と栄養ドリンクとのど飴が突っ込んである二重底のビジネスバッグを下げている。そんなイメージが脳内に翻った。

「それはですね、佐伯先生にはCTとMRIのAi画像解析ソフト開発をゆくゆくはお願いしようと思ってます。あと、ノイズ対策のために生体の解析と違って遺体の解析はX線の線量を大幅に増やせますが、特に位置や撮影方法による解像度の高低差を現行のものよりももっと補正できるアルゴリズムが欲しいって、前々から思ってたものですから。特にMRIについては遺体の温度変化で画像が劇的に変化するでしょ? シーケンス固定すると初心者はなかなかコントラストに慣れなくて誤診しやすくてね、その対策も出来たらなぁって思いまして。もう2〜3ヶ月前になるかなぁ…佐伯先生と会ったのって」

 さすがに放射線科の専門用語は勉強不足で半分くらいしかわからなかった。いや、そういう問題を遥かに超えて、このドクターがなぜこうも僕の周辺を漁って、外堀を埋めるようなマネをしているのか意味がわからない。意図的なのか偶然なのか…わからない。逆に、幸村さんが「清水センセはわからん」と言ってたのはこういうことか? と、ようやくわかりかけているところだった。

「そうそう、だって佐伯君の方から聞いてきたんですよ? 法医学教室もリンクしてるのかって」
「…はあ」
「それで『ええ、岡本裕先生が代表してくれることに』って答えたら、すごく喜んでいましたっけ。友達なんです…って言ってましたよ、彼。いいなぁ、岡本先生と友達なんて!」

 友達…なんて温度差の違う言葉なんだろう。僕には友人はいない。脅迫されてつきあっただけなのだ。

「だから結構いろいろと教えてくれましたよ。岡本先生は屍体がお好きだとか、生きているものに興味がない、とか、幸村警部補に好かれてるとか…でも佐伯くんの証言では、なんと幸村警部補は岡本先生に煙たがられているという話なんですよね。佐伯君は幸村警部補とも個人的に親しいみたいですし、警察関係とは違う新鮮な情報だったなぁ。この食い違いの真相を知りたいなって思うんですが」