幸村さんのドクター清水についての印象はそんな感じだった。堺教授や菅平さんの噂とは一味違う幸村さんの話は、さらに僕のドクター清水についての想像を混沌とさせた。そしてまた、見た目は単純そうに見える幸村さんの隠された策士っぷりを垣間見ていた。まぁ、そうでもなければ犯罪者との攻防を繰り返す刑事などという職業への適正は表れないだろう。押しが強くて執念深いだけではここまで実績を上げられるはずもない。当たり前なのだが、そうは見えないのは、刑事としては有利なことなのかもな、と思った。初対面の相手を油断させられるという意味では。

 そして今ここで僕の目の前にようやく出現したドクター清水の、意味不明な挑発を食らって思った。幸村さんの野生の本能的嗅覚といつもの勘でも、ドクター清水という人物がとらえどころがないと感じたのは、彼が特定の人間だけに対して、わざと自分の思惑を読まれないように隠しているからではないのだろうか? だが、敢えて隠すというのも、隠しているものの存在をともすれば暴露していることに他ならない。ということは、ドクター清水がなにかを隠していることを幸村さんからさとられた時点で、実は幸村さんのリードなのかも知れなかった。

 Aiセンターは警察と連携できるかは五分五分かそれ以下、それでも警察と関われれば、最終的に連携できようが出来なかろうが、検視に力を入れている幸村さんとは当然なんらかの関わりを今以上に持つだろう。もしや、清水先生は公私それぞれの思惑を叶える一石二鳥を考えているのではなかろうか。僕はカウンターパンチを食らいながらも、ものすごい速さで思考を巡らせてそんな推察をした。ある意味馬鹿げている。しかし有り得る。色恋とは馬鹿げたことをさせるものなのだ…経験上。

「ですから幸村警部補のこと、なんでそんな気にされるんですか?」
「えっと、まだ決定ではないのですが…」

 だが、ドクター清水は特に表情も変えずにそう前置きしてその質問に答え始めた。それはポーカーフェイスなのか、地なのか、やはり僕にははっきりわからなかった。

「あのですね、一応警察サイドの担当はいまのところ表向き県警の長谷川警部ですが、幸村警部補がそのサポートで副代表になるかもしれないんですよ。代表はさすがに県警じゃないとカッコつかないですが、長谷川警部ヒマがないんで実働が幸村警部補になるとかなんとか。まだ警察ははっきりは担当のことをこっちには言ってこないんですけどね。様子見されてると思います。それに幸村警部補もかなりご多忙みたいですし…でも検視の質の向上にはいちばん力を入れてらっしゃるしね」

 また初めて聞く情報が僕の前に無造作に開示された。当事者と数日前にその件について話したはずなのに…しかもベッドの中でだ。幸村さんはなぜ僕に言わない…! 言葉もない僕に、わかりました? といわんばかりにニッコリとドクター清水は微笑んだ。

「だから、ほら、前もって幸村警部補と岡本先生が噂以上にどんなご関係なのか知っておきたいっていうかね。周りは仲が良い、信頼関係あると言ってますが、そういうのって実際にご本人に訊いてみないと、ぶっちゃけた話、わからないじゃないですかぁ。そういうことです」