ここでよく考えてみると、まず異状死体かそうでない犯罪性のない死体かを鑑別するという非常に責任のある重要な判断をしなければならないのが、検案医…つまり多くは警察医となる。そして一般の開業医も、その任に当たらされることも多い。

 監察医制度のある地域では『監察医』という法医学の専門医が検案も司法解剖も行うのに対し、その制度のない多くの地域では、一般の開業医か警察医が犯罪性のある死体かそうでないかを、解剖もなく、外表所見のみで死因を判断しなければならないのだ。しかも通常の業務外の時間に、それも低賃金で、だ。

 これは実は単なるAi導入の是非という機能面の改善だけの課題ではない。死因究明事案の根幹に近いところの、それもかなり緊急で重要な問題なのだ。我が国ではその重要課題を今までずいぶん放っとかれてたのだが。

「わかります。法医学教室よりも、検案現場のAiの導入は外表所見だけだった検案の精度を上げるわけで、警察医の判断ミスによる犯罪の見逃しを抑止する重要なファクターになると思いますから」
「だからこれが法医学教室ではなく、警察医会の主導でやるってのが重要なんだよね。うちらは解剖できるし、解剖したくても検案の時点で犯罪臭なしってやられたら、死体がこっちに来もしない」
「しかし、Aiの法医学的な視点での解析という点が、医療畑の放射線医の読影でまかなえるかというのが、法医学学会でも論議されているわけですよね」
「だから、清水先生みたいな放射線医で法医学者というゴリゴリの専門医が読影を担当するっていうプレミアムな前提があるから、この東北にAiセンターを設ける意味があるってわけ。更に、在野の放射線医や警察医の法医学的教育もプログラムするっていう展望があるわけなのよ」

 なるほど…そこまで見据えているのか、と僕は清水というドクターの先々の計画性に感心した。計画倒れにならなければ、だが。堺教授は続けた。