だから、こんなところに独りでこうしているのが不思議だった。ただ雑音を払拭して、観客のドラマチックな変な期待の当てを外して、静かに日々の目的を果たして行ければそれでいい。その観客には僕も含まれてるかも知れなかった。

 言われるたびに確かにザワザワした。だが言われたその時はそれなりに真剣に考えてしまう自分の疑念も鬱陶しいもののひとつだった。450円と1時間弱でその雑音が消えれば、コストパフォーマンスはそんなに悪くない。それに、これで僕は戸籍謄本の申請が出来るようになったのだから、社会科見学としても有効だろう。社会に溶け込んでいない僕は、無理にでもする必要がなければ、こういう興味のないことをやる機会に一生縁がないことも多いだろう。

 順番が回ってきて、僕は窓口に整理券の番号でカウンターに呼び出された。申請用紙を係の人に渡すと、身分証明を要求された。健康保険証と学生証を渡し少し待つと、奥のほうから印刷された紙を手にした担当者が再び戻ってきた。

「はい、こちらです。お名前お間違いないですね」
「はい。これで間違いないです」
「こちら証明書お返しします。では450円になります。袋入れますか?」
「はい、下さい」

 お金を払い、返還された証明書と新しい戸籍謄本と役所の書類を入れる封筒とレシートを両手にソファに戻った。カバンに健康保険証と学生証をしまい、そこで戸籍謄本を確認することにした。初めて見るものだった。

 戸籍に記載されている者、とあり…

【名】岡本 裕
【生年月日】平成**年1月16日
【父】岡本 宏行
【母】岡本 千鶴
【続柄】長男

…となっていた。ウェブで前もって調べた結果、養子の戸籍には続柄が養子となっているらしい。連れ子再婚は、養父、とか、養母と書いてあるのでわかる。それらチェックすべき事項を確認した結果、僕の戸籍はやはりどちらでもなかった。当たり前だ。そんな特殊なことがそうそう起きるはずもない。僕も真に受けたから文句は言えないけど。

 急に450円が高額に思えてきた。文庫本が1冊買える。僕は戸籍謄本を半分に折り、貰った封筒に入れてカバンにしまった。そして帰路についた。