「怖がってたよ。当たり前だとは思うけどね。自分の子供に自殺願望があるなんて、ほんと親にとったら気が狂いそうな恐怖だと思うけどね。でもねぇ…その恐怖だけじゃないんじゃないかな…って思ったよね、君のお母さんの怖がり方さ。なんて言うかなぁ…うん、怪談を怖がる感じかな…そうね、ホラー映画とかね」
「そうなんですか。母が今朝病院に来た時、あんまり元気じゃなかったんです。いつもと違ってとても暗い感じで。昼に寺岡さんの話が出たんです、母の口から。相談してもいいかなって。でも、いきなりその話、しますかね? 寺岡先生に失礼が無いようにってさんざん僕に言ってたのに」
「したよ。たぶんさ、なんか気持ちが煮詰まっててさ、誰でもいいから話してしまいたかったんじゃなかったのかな…この前の私みたいにね」

 寺岡さんはそう言って、フッと笑った。

「それで…母にどう答えたんですか?」
「聞いてませんよ、そんなことは…って言っておいた。手首切った話は知ってます。死にたいのも知ってます。でも首吊りは聞かなかったですね、って。でもさぁ、変な符牒だと思わない? だって君、一番そそる画像って…首吊りだろ」

 僕は思考が一瞬止まった。

「…なにがあった?」

 寺岡さんは低い声で僕に言った。

「私がね、ゾッとしたんだよ。それに気づいてね」

 平衡感覚が不意におかしくなった。僕は少し歪んでるような部屋の景色の中でそれに答えた。声が出にくかった。

「わかりません…わから…ないです…」
「じゃあ、お母さんに問い詰めてもいいかな。それとも君が聞く? それともそっとしておく?」
「どう…すれば…いいですかね…」

 果たして明らかにすることがいいことなのかどうか、僕にはそのとき全く判断がつかなかった。視野はぐんにゃりとしたままだった。僕は言葉を失ったまま、電話口で呼吸だけしていた。