頷くために噛み締めた奥歯が、微かに鳴いた。
彼が優しく向けてくれる眼差しが、今の私には痛かった。
私だけ、住んでいる世界が違うことが、ただ切なかった。
自分の町に帰ったら、この村の人たちと心までも別れ別れになってしまいそうで。
だから、あと少しでいいから、居心地のいいこの村で、私は夢を見ていたかったんだ。
けれど、新しく人生を歩み始めようとしている彼のためにも、私が大人にならなくてどうするんだ。
私はただ精いっぱい、さみしさの溢れそうな口をつぐんだ。
そうして、彼に向かってしっかりと頷き、立ち上がる。
私は振り向きたい衝動を必死にこらえ、紫希に続いて部屋を出た。
*・*・*・*・*
流されるままお別れの時はきた。
いつか見た風景だ。
村の入り口で私はふりかえり、通り過ぎてきた花道を、唇を引き結んで私は眺めていた。