「わずらわしい九条の名は、景気よく切り捨てられたんだ。こんなにいいことはない。俺は自由に生きるぞ。じゃあな、クソ兄貴」

言いきらないうちに、響は大きく翼を仰いだ。

あっという間に森の上空の闇の中へまぎれていく。

しがらみを断ち切った翼がふるった風は、少年のように小さくなった男の髪を揺らした。

「どいつもこいつも呑気なもんだ。じじいの後を継がされた俺の苦労なんて、誰もわかっちゃいない」

その風に、男が吐き出したため息が巻きあがって消えていく。

それでも男は、翼を使わずに自らの足で大地を踏み出した。

私は思わず立ち上がっていた。

「本当に、一族のもとには戻らないの?」

そのしぼんだ黒い背中のシルエットに、私は言葉を投げかける。

別に何か考えがあるわけではなかった。

ただ、何度も見せつけられたその変わり果てた背中が気になって、問いかけずにはいられなかったのだ。