カラダ探し~第三夜~


八代先生も武司も、同じように胸を貫かれて動かなくなった。


私ももうすぐ動かなくなって、皆の所に行くんだろうな。










もう良いでしょ?













心臓を返したし、赤い服もあげたじゃない。


それでもまだ満足しないの?


眠くて眠くてたまらないけど、なんとか目を開けて「赤い人」を見ていると、私が渡した赤い服を見つめている。











「赤い……服。美子ちゃんの赤い服」












何か呟いているけど……もうどうだって良い。


「赤い人」が泣き叫びながら、淡い光の粒になって消えて行く……。









なんか、蛍みたいできれいだな。







美子が消えたって事は、後は明日香達が壷を壊しておしまい。







私の命もおしまい。








もう、頑張らなくても良いよね。
















「留美子、ありがとう」














目を閉じた私は、聞き覚えのある声に、もう一度だけ目を開けた。


「美紗……美雪にあゆみに龍平も……」


口を小さくパクパクさせるけど、もう声は出ていない。

私を見下ろして、4人が優しく笑いかけてくれる。


会えないと思ってたのに……なんだ、皆いるじゃない。


「ほら、あの光が見える? 森崎さん達が、終わらせてくれたのよ」


美紗が指差した空……星空に向かって伸びる一筋の光を見つめて、私は小さくうなずいた。


「留美子、頑張ったね」


「ありがとうね、お兄ちゃんを恨まないでくれて」


あゆみも美雪も、今さらそんな事、言わなくても良いよ。













そして龍平……。


「ほら、立てよ。いつまでそんな所にいるつもりだよ」


また、私に手を差し伸べてくれるんだね。


せっかく龍平と手をつなげるのに……もう手を動かす力もないよ。


「皆……ありがとう。私なんかを信じてくれて。わがままで自分勝手だったよね……」


そう言おうと、口をパクパクさせている間にも、空間のヒビが大きくなって……ボロボロと崩れ落ちている。


ああ……美紀と美子の「呪い」で歪んでいた世界が、これでようやく終わるんだ。












皆とまた……会えると良いな。


たとえそれが、誰かの意識の中でも。













最後の最後で、差し出された龍平の手に、ついに触れる事ができずに。









11月28日20時12分。


私の命の火は消えた。











……小学生の頃、私は友達とは違う世界を思い描いていた。





4歳の時に両親が離婚して、ママの実家に戻って、厳しいお婆ちゃんと一緒に過ごす事が多くなった私はそれが嫌で。


人には、それぞれが考える世界があって、今の世界ではないどこかには、両親が仲良く暮らしている世界があるんじゃないかって。


だから、夢で見るのも、そんな世界の中のひとつ。


どんなに不思議な夢でも、私の意識だけが別の世界の私の所に飛んで行って、少しだけその世界を体験しているんだと考えると、眠る事が大好きになった。


それを作文の時間に書いて発表したら、皆にバカにされたけど、何人かは真面目に話を聞いてくれた。


ああ、この人達も私と同じ事を考えているのかなと思うと、自信が持てた事を覚えている。


そんな私の小学時代は地味な物だった。


学校でも家でも、友達と遊ぶ事がなくて、ひとりでぼんやりと過ごしてばかり。


好きな人もいなかったけど、私なんかを好きになる人なんていないと思っていたから、誰も好きにならなかっただけかもしれない。


中学生になると、私は少し変わった。


それまで別々の小学校に通っていた人達が、中学校で一緒になるから。

そこで出会ったのは二見結子。


いつもニコニコしていて、私の話も笑わずに聞いてくれて。


私も結子の話を聞いて、世界を広げた。


おしゃれをする事を覚え、誰に何を言われても、自分の考えを曲げない強さを身に付けて。


でも、私自信の考えがしっかりしていないせいか、ひんぱんにコロコロ変わっていたけど。


そんな結子が、突然私と一緒に行動しなくなり、仕方なく私は別の女の子と遊ぶようになった。


その理由はすぐに分かった。


結子には彼氏ができて、いつもベタベタするのに私が邪魔だったのだ。


そう思ってしまった私は、すごく単純に結子を嫌いになって、そこから話をする事もなくなった。


だけど、結子が広げた世界は残っていて、そこがすごく居心地が良くて。


心のどこかで、私は結子が戻って来るのを待っていたのかもしれない。


だけど、私がいくら待っていても、結子は戻って来る事はなかった。


そんな私達が、同じ高校に行く事を知ったのは、受験日当日。


だけど、会話なんて一度もなかった。


高校に入り、さらに私の世界は広がった。


テストでいつも赤点ばかりの、補習常連の高広。


仲が良いわけじゃないけど、悪くもない。


くだらない事を言い合う友達として、それなりに一緒に行動するようになった。


私にとって都合が良かったのは、結子の彼氏の武司と仲が悪くて、いつも衝突しているから。


喧嘩になっても、いつも高広が勝つし、私まで結子に勝った気がした。


だけど……私は、その時の結子の顔は見る事ができずに、いつも興味がないふりをしているだけ。


どうしてこんな世界になったのだろう。


ここは私が望んだ世界じゃないんだろうなと、小学生の頃を思い出す事も多くなった。


人には人の、それぞれが思い描いた世界を持ってるなんて夢みたいな話、この時にはもう、本気で思っていたわけじゃない。


世界はひとつしかなくて、今、私がいる世界がすべてなんだって。


大きくなるにつれ、それが現実と分かってきた。










そして、高校2年の11月29日の朝。


妙な夢を見た私は、胸の痛みと共に目を覚ました。


「いったぁ……何これ、筋肉痛?」




目が覚めて、起き上がる時にその痛みに気付いた私は、制服に着替える時に胸にあるアザが目に入った。


昨日、どこかで打った記憶もないし、寝ている間に打ったとも考えられないんだけど。


胸が関係しているとすれば……夢での出来事?


私は森の中みたいな所で寝ていて、知らない誰かが私に何かを言っていた。


私は胸から血が出ていて、苦しくて息もできなかったけど……。


その後すぐに、息苦しくて目が覚めた。


「まさかね。だって夢なんだよ? きっとどこかで打ったんだよね」


制服に着替えて、夢の事を気にしつつも、いつものように学校に向かう準備を始める。


あの女の子は誰だったのか……普段なら気にする事もない夢の登場人物。


その中に、クラスメイトの美雪と、後輩で武司の妹のあゆみもいたのが不思議だ。


ふたりとも、そんなに仲が良いわけじゃないのに、私に笑いかけていた。











そして……見た事もない男の子。












夢の中で、私はこの男の子を何て呼んでいたかな?


まだ眠い目をこすりながら、私はカバンを持って部屋を出た。

顔を洗って朝ご飯を食べて、いつもより少し早い時間に家を出て、通学路を歩いていた。


何だか雨が降りそうな空を見ながら、傘を片手に。


そして、路地を抜けた所で、朝っぱらから仲良くふたりで登校している、高広と明日香と顔を合わせた。


「あ、おはよう留美子。どうしたの? なんか機嫌が悪そうだけど」


「おはよ。朝からイチャイチャしてるあんた達を見たからだよ」


「べ、別にイチャイチャしてねぇし! 見ろよ! こんなに間が離れて……」


ムキになって、高広が明日香との距離を手で示しすけど、私にはどうでも良い事だ。


明日香は良い子だし、高広と付き合っていても、私を邪魔者扱いする事はない。


バカな話をしながら、大通りに差しかかった時だった。









突然、ヒュウッという風の音が聞こえて……誰かの声が、私の耳に届いた。

















……留美子は幸せになってね。


















その瞬間、思い出される夢の中の女の子。


小さく口が動いていたけど……今の言葉が、ピタリとハマる動き。

「今……何か言った?」


辺りを見回して、誰が言ったのかを確認するけれど、それらしい人はいなかった。


「何かって……何も言ってないけど。あ、風の音が何か言ってるように聞こえたんじゃないの?」


そうなのかな?


でも、夢の中の女の子が言っていたような気もするけど……誰もいないよね。


「空耳……かな。だったら良いや。早く学校行こ」


大通りに出て、学校に向かって歩いていると、他校の生徒も通学中で。


その中に、私の名前を呼んだ人がいないかと、チラチラ見てみるけど……それらしい人はいなくて。


「あー、降ってきたな」


高広の声で、我に返った私は空を見上げた。


ポツポツと降り始めた雨が、私の頬に当たって弾ける。


そして、徐々に強くなる雨に、慌てて傘を開いた私が、それを頭上に上げた時……その声は聞こえた。











「うわっ! やっぱり傘を持って来るんだった! 走るぞ滝本!!」













こんな空なのに、傘を持って出なかったバカがいるんだ。


他校の生徒だろうなと、声が聞こえた背後を振り返った私は……傘を落として立ち尽くした。

金髪の生徒と一緒に、今私達が通って来た道に入った男の子。


ほんの少ししか見えなかったけど……その姿は、とても良く似ていたのだ。


傘もカバンもその場に残して、自分が何をしているかも分からずに、私はその男の子を追いかけた。


夢で見た、私に手を差し伸べてくれた男の子。


名前も知らないし、見た事もないはずなのに。


「ちょっと……待ってよ!!」


ただの夢なのに、どうして私はこんなに必死になってるんだろう。


今日じゃなくても、明日でも別に良いはずなのに。


だけど、ずっと待ちわびた人が現れたような気がして、追いかけずにはいられなかった。


しばらく走って、民家の軒下で雨宿りをしているふたりの姿が、前方に見えた。


強くなったり弱くなったりを繰り返す雨。


私に降り注ぐ雨が、少し弱くなった時だった。


「よし、また走るぞ!」


金髪とふたり、再び軒下を飛び出した男の子。


私より足が速いふたりは、どんどん差を広げていく。