八代先生も武司も、同じように胸を貫かれて動かなくなった。
私ももうすぐ動かなくなって、皆の所に行くんだろうな。
もう良いでしょ?
心臓を返したし、赤い服もあげたじゃない。
それでもまだ満足しないの?
眠くて眠くてたまらないけど、なんとか目を開けて「赤い人」を見ていると、私が渡した赤い服を見つめている。
「赤い……服。美子ちゃんの赤い服」
何か呟いているけど……もうどうだって良い。
「赤い人」が泣き叫びながら、淡い光の粒になって消えて行く……。
なんか、蛍みたいできれいだな。
美子が消えたって事は、後は明日香達が壷を壊しておしまい。
私の命もおしまい。
もう、頑張らなくても良いよね。
「留美子、ありがとう」
目を閉じた私は、聞き覚えのある声に、もう一度だけ目を開けた。
「美紗……美雪にあゆみに龍平も……」
口を小さくパクパクさせるけど、もう声は出ていない。
私を見下ろして、4人が優しく笑いかけてくれる。
会えないと思ってたのに……なんだ、皆いるじゃない。
「ほら、あの光が見える? 森崎さん達が、終わらせてくれたのよ」
美紗が指差した空……星空に向かって伸びる一筋の光を見つめて、私は小さくうなずいた。
「留美子、頑張ったね」
「ありがとうね、お兄ちゃんを恨まないでくれて」
あゆみも美雪も、今さらそんな事、言わなくても良いよ。
そして龍平……。
「ほら、立てよ。いつまでそんな所にいるつもりだよ」
また、私に手を差し伸べてくれるんだね。
せっかく龍平と手をつなげるのに……もう手を動かす力もないよ。
「皆……ありがとう。私なんかを信じてくれて。わがままで自分勝手だったよね……」
そう言おうと、口をパクパクさせている間にも、空間のヒビが大きくなって……ボロボロと崩れ落ちている。
ああ……美紀と美子の「呪い」で歪んでいた世界が、これでようやく終わるんだ。
皆とまた……会えると良いな。
たとえそれが、誰かの意識の中でも。
最後の最後で、差し出された龍平の手に、ついに触れる事ができずに。
11月28日20時12分。
私の命の火は消えた。
……小学生の頃、私は友達とは違う世界を思い描いていた。
4歳の時に両親が離婚して、ママの実家に戻って、厳しいお婆ちゃんと一緒に過ごす事が多くなった私はそれが嫌で。
人には、それぞれが考える世界があって、今の世界ではないどこかには、両親が仲良く暮らしている世界があるんじゃないかって。
だから、夢で見るのも、そんな世界の中のひとつ。
どんなに不思議な夢でも、私の意識だけが別の世界の私の所に飛んで行って、少しだけその世界を体験しているんだと考えると、眠る事が大好きになった。
それを作文の時間に書いて発表したら、皆にバカにされたけど、何人かは真面目に話を聞いてくれた。
ああ、この人達も私と同じ事を考えているのかなと思うと、自信が持てた事を覚えている。
そんな私の小学時代は地味な物だった。
学校でも家でも、友達と遊ぶ事がなくて、ひとりでぼんやりと過ごしてばかり。
好きな人もいなかったけど、私なんかを好きになる人なんていないと思っていたから、誰も好きにならなかっただけかもしれない。
中学生になると、私は少し変わった。
それまで別々の小学校に通っていた人達が、中学校で一緒になるから。
そこで出会ったのは二見結子。
いつもニコニコしていて、私の話も笑わずに聞いてくれて。
私も結子の話を聞いて、世界を広げた。
おしゃれをする事を覚え、誰に何を言われても、自分の考えを曲げない強さを身に付けて。
でも、私自信の考えがしっかりしていないせいか、ひんぱんにコロコロ変わっていたけど。
そんな結子が、突然私と一緒に行動しなくなり、仕方なく私は別の女の子と遊ぶようになった。
その理由はすぐに分かった。
結子には彼氏ができて、いつもベタベタするのに私が邪魔だったのだ。
そう思ってしまった私は、すごく単純に結子を嫌いになって、そこから話をする事もなくなった。
だけど、結子が広げた世界は残っていて、そこがすごく居心地が良くて。
心のどこかで、私は結子が戻って来るのを待っていたのかもしれない。
だけど、私がいくら待っていても、結子は戻って来る事はなかった。
そんな私達が、同じ高校に行く事を知ったのは、受験日当日。
だけど、会話なんて一度もなかった。
高校に入り、さらに私の世界は広がった。
テストでいつも赤点ばかりの、補習常連の高広。
仲が良いわけじゃないけど、悪くもない。
くだらない事を言い合う友達として、それなりに一緒に行動するようになった。
私にとって都合が良かったのは、結子の彼氏の武司と仲が悪くて、いつも衝突しているから。
喧嘩になっても、いつも高広が勝つし、私まで結子に勝った気がした。
だけど……私は、その時の結子の顔は見る事ができずに、いつも興味がないふりをしているだけ。
どうしてこんな世界になったのだろう。
ここは私が望んだ世界じゃないんだろうなと、小学生の頃を思い出す事も多くなった。
人には人の、それぞれが思い描いた世界を持ってるなんて夢みたいな話、この時にはもう、本気で思っていたわけじゃない。
世界はひとつしかなくて、今、私がいる世界がすべてなんだって。
大きくなるにつれ、それが現実と分かってきた。
そして、高校2年の11月29日の朝。
妙な夢を見た私は、胸の痛みと共に目を覚ました。
「いったぁ……何これ、筋肉痛?」
目が覚めて、起き上がる時にその痛みに気付いた私は、制服に着替える時に胸にあるアザが目に入った。
昨日、どこかで打った記憶もないし、寝ている間に打ったとも考えられないんだけど。
胸が関係しているとすれば……夢での出来事?
私は森の中みたいな所で寝ていて、知らない誰かが私に何かを言っていた。
私は胸から血が出ていて、苦しくて息もできなかったけど……。
その後すぐに、息苦しくて目が覚めた。
「まさかね。だって夢なんだよ? きっとどこかで打ったんだよね」
制服に着替えて、夢の事を気にしつつも、いつものように学校に向かう準備を始める。
あの女の子は誰だったのか……普段なら気にする事もない夢の登場人物。
その中に、クラスメイトの美雪と、後輩で武司の妹のあゆみもいたのが不思議だ。
ふたりとも、そんなに仲が良いわけじゃないのに、私に笑いかけていた。
そして……見た事もない男の子。
夢の中で、私はこの男の子を何て呼んでいたかな?
まだ眠い目をこすりながら、私はカバンを持って部屋を出た。
顔を洗って朝ご飯を食べて、いつもより少し早い時間に家を出て、通学路を歩いていた。
何だか雨が降りそうな空を見ながら、傘を片手に。
そして、路地を抜けた所で、朝っぱらから仲良くふたりで登校している、高広と明日香と顔を合わせた。
「あ、おはよう留美子。どうしたの? なんか機嫌が悪そうだけど」
「おはよ。朝からイチャイチャしてるあんた達を見たからだよ」
「べ、別にイチャイチャしてねぇし! 見ろよ! こんなに間が離れて……」
ムキになって、高広が明日香との距離を手で示しすけど、私にはどうでも良い事だ。
明日香は良い子だし、高広と付き合っていても、私を邪魔者扱いする事はない。
バカな話をしながら、大通りに差しかかった時だった。
突然、ヒュウッという風の音が聞こえて……誰かの声が、私の耳に届いた。
……留美子は幸せになってね。
その瞬間、思い出される夢の中の女の子。
小さく口が動いていたけど……今の言葉が、ピタリとハマる動き。
「今……何か言った?」
辺りを見回して、誰が言ったのかを確認するけれど、それらしい人はいなかった。
「何かって……何も言ってないけど。あ、風の音が何か言ってるように聞こえたんじゃないの?」
そうなのかな?
でも、夢の中の女の子が言っていたような気もするけど……誰もいないよね。
「空耳……かな。だったら良いや。早く学校行こ」
大通りに出て、学校に向かって歩いていると、他校の生徒も通学中で。
その中に、私の名前を呼んだ人がいないかと、チラチラ見てみるけど……それらしい人はいなくて。
「あー、降ってきたな」
高広の声で、我に返った私は空を見上げた。
ポツポツと降り始めた雨が、私の頬に当たって弾ける。
そして、徐々に強くなる雨に、慌てて傘を開いた私が、それを頭上に上げた時……その声は聞こえた。
「うわっ! やっぱり傘を持って来るんだった! 走るぞ滝本!!」
こんな空なのに、傘を持って出なかったバカがいるんだ。
他校の生徒だろうなと、声が聞こえた背後を振り返った私は……傘を落として立ち尽くした。
金髪の生徒と一緒に、今私達が通って来た道に入った男の子。
ほんの少ししか見えなかったけど……その姿は、とても良く似ていたのだ。
傘もカバンもその場に残して、自分が何をしているかも分からずに、私はその男の子を追いかけた。
夢で見た、私に手を差し伸べてくれた男の子。
名前も知らないし、見た事もないはずなのに。
「ちょっと……待ってよ!!」
ただの夢なのに、どうして私はこんなに必死になってるんだろう。
今日じゃなくても、明日でも別に良いはずなのに。
だけど、ずっと待ちわびた人が現れたような気がして、追いかけずにはいられなかった。
しばらく走って、民家の軒下で雨宿りをしているふたりの姿が、前方に見えた。
強くなったり弱くなったりを繰り返す雨。
私に降り注ぐ雨が、少し弱くなった時だった。
「よし、また走るぞ!」
金髪とふたり、再び軒下を飛び出した男の子。
私より足が速いふたりは、どんどん差を広げていく。