カラダ探し~第三夜~


「今じゃなきゃダメなの。留美子……お兄ちゃんを悪く思わないで。きっと、私に生きていてほしかっただけなの」










……?










あゆみが何を言っているのか、さっぱり分からないけど、悪く思わないでというのはね。


「分かった。悪く思わないよ」


意味不明だけど、あゆみの頼みならとりあえずこう言っておこう。


「……よし、いよいよ最後の仕上げだ。中に入るぞ」


私の手を取り、家に向かって歩き出した龍平。


その時。














「キャハハハハハハッ!!」















背後ではなく、頭上からその声は聞こえた。


「向かいの家の屋根にいる! 上から来たんだよ!!」


私達の正面で、それを指差したあゆみ。


どおりで、背後から追いかけて来ていないわけだ。


背後どころか、私達のはるか上を移動していたのだから。


「くそっ!! 中に逃げるぞ! あゆみっ!」


龍平がそう言っても、あゆみはその場から動かなかった。


いや、動けなかったと言った方が正しいのか。


踏みしめられた草の上で、赤い人と向き合っているあゆみが、家の中に入るには振り返らなければならないのだから。

「ふたりで行って! 今度は……私が助けるから」


あゆみとすれ違う瞬間、美雪と同じく見せた優しい笑顔。


私達があの場所にたどり着くために、自らを犠牲にした健司と美雪。


ふたりに続いてあゆみまでが、赤い人の足止めをしようとしている。













「キャハハハハハハッ!!」














屋根から飛び降りたのだろう。


上からの笑い声が移動しているのが分かる。


そして、庭を走っている時に、その声は聞こえた。


「留美子! 私達、いつまでも友達だよね!」


その言葉に、私はうなずく事しかできなかった。


家の中に駆け込んで、あの暗い通路を抜けて。


階段を下りた先にある地下室に入り、私達は壷の前に立っていた。


皆が赤い人を止めてくれたから、ここまでたどり着く事ができたんだ。


私ひとりじゃ、学校から出る前に殺されていたに違いない。


「後は……この中に入れるだけだな」


それが美紗の望みで、そのために私達は頑張って来た。


だけど、それをしてしまうと、手をつないでくれている龍平とも、二度と会えなくなってしまうんだ。


暗くて良かった……もしもこの部屋が明るかったら、泣いてぐしゃぐしゃになってる顔を見られてしまうから。


「留美子、どうした? 入れないのか?」

龍平に促されて、ポケットから心臓を取り出すけど……そこから手が動かない。


バカで変態で女好きな龍平。


だけど、私はどうしようもないくらいに好きになっていて。


絶対に違うと気付かないふりをしていたのに。


最後の最後で、その気持ちが溢れ出したよ。


ギュッと握りしめた手に、何かを感じ取ったのか、龍平も私の手を握り返してくれた。


そして……つないだ手を放すと、私の身体を引き寄せるように抱きしめたのだ。
こんな時に何をしてるの?


なんてまったく考えずに、私も龍平を求めるように背中に腕を回した。


意地を張って、いなくなるんだから絶対に好きにならないとか考えて、私はバカだった。


こんなに好きなのに……。


こんなに安心できるのに、私は龍平を拒んで。


自分が悲しみたくないから、龍平を傷付けて。


でも、龍平はすぐにいつも通りに戻ってくれた。


もっと早くにあゆみや美紗じゃなくて、私を好きだって言ってくれたら……少しはこの関係も違っていたのかな。


龍平に抱きしめられて……涙が止まらない。

ヒックヒックとしゃくり上げて、胸に顔を寄せたまま涙を流し続けた。


「泣くなよ。留美子はどんな時でも明るくて、可愛いんだからよ」


「う、うるさい! 何であんたは……誰にでもそんな事言うのよ! 何で最後なのに……そんな事……」


もっと早くにそう言って、抱きしめてくれたらと、何度も心の中で叫んで。


「……最後じゃねぇよ。武司さんとも約束したし、留美子との約束もあるから。何が何でも留美子に会うから」


私の身体を離して、そう言った龍平の顔は暗くて分からない。






だけど……近付いて来たと分かる、その顔。













震えた手で肩をつかむ龍平と……私は、唇を重ねた。














どれくらいの時間、こうしていたのかは分からない。











脳ミソが溶けてしまいそうになるような快感と、胸を締め付けられるような息苦しさに襲われて、この時が永遠であるかのような錯覚に陥っていた。







私のファーストキス。








それは涙の味がして、すべてが終わる直前に起こった悲しいキスだった。











「キャハハハハハハッ!!」











そんな私達の邪魔をしたのは、あの笑い声。


そこでようやく我に返り、慌てて龍平から離れる。

「龍平……」


「……ここまでだな。留美子、絶対に約束は守れよな」


そう言って、心臓を持つ私の右手に手を添える。


「約束って……何かした?」


いつ、どんな約束を龍平としたのか思い出せないのに、手は壷の上に移動する。







「覚えてないのかよ……言っただろ? カラダ探しが終わったら、ヤらせてくれるってよ」






龍平はそう言って、私の手から心臓を払い落とした。













「キャハハハハハハッ!!」














赤い人が地下室に入って来たのか、笑い声が部屋中に響き渡る。


でも、心臓が壷に吸い込まれて。


そこから光が溢れて、私が最後に見たものは……。













優しく私に微笑みかける、龍平の笑顔だった。






















「……と、……たの!?」














誰かの声が聞こえる。


遠くから、私の身体を揺すりながら。


もう朝? ママが私を起こすなんて珍しい。











「留美子!! 起きてよ!」












耳が引っ張られるような感覚の後、鼓膜が破れそうなほどの大音量に、私は思わず飛び起きた。


「な、何よいったい!? うるさいっての!」


辺りを見回してみると……そこは学校の大職員室前で、世界がヒビ割れた、あの記憶の断片と同じ場所。


「何じゃないよ! 武司も留美子も急に倒れてさ! 全然起きないんだから!」


そう言って私を心配そうにのぞき込んでいるのは……明日香さん。


「何で明日香さんがここに……そうだ! 龍平は!? 『呪い』は……」


どうも記憶がはっきりしない。


私は美紗の家の地下室で、壷の中に心臓を入れて……もしかして、元の世界に戻ったわけ?


「な、何で“さん”付けなの? 倒れた時に頭でも打った?」


「そうだぜ留美子。お前、何言ってるんだ? 龍平って誰だよ」

明日香さんだけじゃなく、高広さんまで。


あんなに仲が良かった龍平を覚えていないなんて。











いや……そうじゃない。


龍平の事を忘れたんじゃなくて、知らないんだ。


あの世界は武司さんの意識の中で、武司さんが産み出したもの。


翔太さんも、結子さんもいる。


「大丈夫かい? 柊さん」


ヌッと、私の視界に入って来た不気味な顔。









うわっ!と、心の中で悲鳴を上げたけど……これは八代先生だ。


……あっちの世界の方が良かったなあ。


なんて考えている場合じゃない!


「『赤い人』の……『呪い』を解かなきゃ」


そう呟いて立ち上がった私を、不思議そうな表情で首を傾げた翔太さん。


「留美子、お前何を言ってるんだ? 美雪が今、美子に教えてもらって、美紀の『呪い』を解こうと……」


「違う! 美紀じゃない! 本当に解かなきゃならないのは、美子の『呪い』なの!!」


話しているうちに、この世界での記憶が甦ってくる。


それと同時に、夢でも見ていたかのように、薄れていく今までの記憶。


だけど、忘れてはならない記憶だけははっきりしていて、私がやらなければならない事は覚えている。

美子の心臓を……美子に返す。


美紗の願いを叶えられるのは、私だけなのだと分かったから。


「うぅ……何なんだチクショウ。急にめまいが……」


結子さん……いや、結子に起こされて、武司がゆっくりと身体を起こした。


「キミも大丈夫かい? 柊さんといい、キミといい、いったい何が起こってるんだろうね」


「うおっ! 気持ちわりぃ顔を近付けんじゃねぇよ!!」


八代先生に、目覚めの一言。


「し、失礼だなキミは! 仮にも僕は教師で……」


「そんな事より、美子の『呪い』を解くってどういう事?夢でも見たんじゃないの?」


八代先生の話をさえぎるように、明日香が私を見つめる。


夢だったらどんなに良いか。


美子も美紀も、「呪い」もない夢ならずっと見続けていたいけど、これは夢じゃないから。


「良い!? 私達にはまだやる事があるの!! 美子の心臓を探して、美子に返すの! 美紗が……そう言ってたの!」


私の言葉に、皆あ然としたような表情を浮かべる。


無理もないよね。


突然倒れて、目を覚ましたかと思ったら変な事を口走っているんだから。

でも……。


「それはどこにある? 俺も一緒に行ってやるぜ」


その中でただひとり、声を上げたのは……武司だった。


いつも私達に反発していた武司が……何も聞かずに私に賛成してくれている。


「おいおい、お前も頭を打ったのか? いきなり何だよ、美子の心臓って」


呆れたように高広が言うけれど、武司は意見を曲げない。


「高広ぉ、テメェに何が分かるんだ!? あゆみが言ったんだよ、私達を信じてくれってな!! だから俺は、留美子を信じてやるぜ!」












覚えている。


私だけなら、本当に夢かと思うほど薄れている記憶を、武司も覚えているんだ。


そう思うと、私も勇気が湧いてきた。


「私は武司と生産棟の中庭に行く。信じられないなら、屋上に行ってみなよ。美雪が……死んでるから」


言いたくなかった言葉。


美雪はこうなる事が分かっていて、私にすべてを託したんだ。


「おいおい……知りもしないのにめったな事は言うなよ……美雪が死ぬはず……」

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