カラダ探し~第三夜~


その足音に恐怖した私は、残された龍平の手を握りしめた。


血に濡れて、ぬるぬるしているけど……不思議と安心する。


日中、武司さんに殺された時に似ているけど、ひとつだけ違う事がある。


今にも死んでしまいそうな龍平が、私の手を握り返してくれているから。


「こんな事……してる暇があるならよ……逃げ……ろよな」


そう言っていても、手を振りほどこうともせずに、私の手をなでるように握り続けている。


今日のカラダ探しが始まって、ずっとつないでいた龍平の手。


どうせ逃げられないなら、終わる時も手をつないだままで。


なんて、らしくない事を考えながら、私は手をつないだまま、龍平を抱きしめた。


意味がない事かもしれないけど、守ってくれた龍平を、今度は私が守りたいから。


龍平の髪の毛に頬を寄せて、安心して目を閉じた私は……。














背後から、赤い人に首をもぎ取られて死んだ。








苦しい……。










昨日の夜、赤い人に殺されて、目覚める前にまた夢を見るのかと思ったけど、今日はそうでもなくて。


もう朝になっていて、私はまぶたを開いて天井を見ていた。


何が苦しいって、赤い人に殺された事もそうなんだけど、なぜ私が昨日、龍平を抱きしめなきゃならなかったのか。


いつもの私なら、たとえ殺されると分かっていても、龍平なんて見捨てて、階段を転がるように下りて、何とか逃げようとしていたはずなのに。


事実、龍平が落ちて来るまでそう思っていたし、それが龍平の願いだから生き延びてやるって思ってたのにな。


だけどあの時、私の手を握り返してくれたのがうれしくて、離れたくないって思ってしまった。


「ふぅ……今日で最後か」


身体を起こして、部屋の中を見回すと……今日は美紗はいない。


必要ないと感じたのか、それともただ来なかっただけかは分からないけど、後で会うから今、いなくても問題じゃないんだけどね。


それにしても……私が龍平なんかをねぇ。









バカだし変態だし。


胸が苦しいのは、龍平が気になってるからかな。


でも、私はひとつの決意を胸に秘めて、ベッドから足を下ろした。


龍平だけは、絶対に好きにならない、と。

部屋着を脱ぎ、制服に着替えながら考えるのは、やっぱり龍平の事ばかり。


カラダ探しなんてやってなければ、すぐにでも付き合ってしまいそうなくらい、胸が苦しいのに。


「何考えてんのよ……ダメだよ。今日が終わったら……龍平にはもう会えないんだからさ」


机に手を突いて、そう考えると涙が溢れそうになるのを我慢して。


私はカバンと携帯電話を持って部屋を出た。


いつもと同じように階段を下りて、洗顔と食事。


今日のお弁当を冷蔵庫の中にある材料で作って、お弁当箱に詰める。


冷凍食品だけど、唐揚げとハンバーグをいっぱい詰めて。


ご飯のスペースがほとんどないくらいにギッチリと。


「はい、でき上がりと。あいつ、肉が好きだからね」


別に、お弁当をあげるわけじゃないのに、どうしてか龍平が好きな物ばかりだ。


でき上がったお弁当を改めて眺めて……私は溜め息を吐いた。











バカじゃないの? 


あんなやつに合わせる必要ないんだって。


いなくなる人を好きになっても、悲しくなるだけなのに。


それが嫌だから、私は好きにならないって決めたのにな。


しばらくお弁当を見つめたまま、どんな顔をして会えば良いのかを考えていた。
いつもより少しだけ早い時間。


準備を済ませ、家を出て空を見上げると、昨日より大きくなったヒビ割れが、私に手を伸ばしているように見える。


向かいの家も、道路も、つついただけで崩れてしまいそうなほどだ。


「だ、大丈夫なんでしょうね、これ……」


何日か前に見た記憶の断片と、美紗が殺された時に崩れたあの感覚が思い出されて、足を出す事にも恐怖を感じる。


それでも、学校に行かなければ皆と話もできないし。


慎重に歩き出して、思っているよりもろくないと判断した私は、しばらくすると普通に歩いていた。


住宅街を抜けて、少し大きな道に出て。


その道沿いを、他の通学中の生徒達と一緒に歩く。


交差点で龍平と会うかな……なんて思っていたけど、この時間にはいないみたいだね。


あゆみは今日もまた、武司さんに監禁されてるのかな?


健司は……どうなったんだろう。


赤い人は、図書室にいた健司を追いかけて行ったんだよね。


私達が図書室の前の廊下を通った時に、赤い人に襲われなかったという事はそうなのだろう。

カラダを全部集める事ができたのか、それとも殺されたのか。


後者だとしても後ひとつ。


カラダは全部集まりそうで、その事は心配していなかった。


他の生徒達の流れに乗り、のんびりと歩いて学校に到着した。


校門を通り、生徒玄関に入って靴を履き替えて教室に向かう。


下足箱に美雪の靴があったから、もう教室にいるのだろう。


勉強熱心な美雪らしいな。


私なんて、勉強をしに学校に来てる意識がないのに。


来なきゃならないから来てるだけ。


難しい授業だと、何とかして保健室に逃げる事しか考えてないよ。


でもまあ……今日が最後なら、頑張って授業を受けてみようかな?


何もなければだけど。


廊下を歩いて教室に入ると、美雪が自分の席で何やら考え事をしているようで。


頬づえを突いて首を傾げたり、頭をかいたり。


そして、ブツブツと何やら呟いている。


あまり人の仕草なんて気にした事ないけど、こうして見てみると意外といろんな癖が見えてくるなぁ。


「美雪、おはよう。あゆみもカラダを全部集めたんだよね?」

突然声をかけたせいか、ビクッと身体が震えて、慌てて振り返る美雪。


「る、留美子……集めたんだよね? じゃないよ! 踊り場でふたりが抱き合って死んでるし……」










見られたんだ。








何だか恥ずかしいけど、私と龍平を見たという事は、すぐには殺されなかったんだろうな。


「ま、まあ良いじゃない。たぶんそう見えただけだって。私が龍平と? 何かの間違いだよ」


そんな事は知らないという表情を作って、笑って見せるけど……美雪はジッと私の目を見て、口を開いた。


「留美子、嘘つくの下手だよね。いつもだったら怒るはずなのに、笑ってるんだもん」


……選択を誤ったか。


やっぱり、「何!? 私に抱きついてたわけ!? あの変態めっ!」とか言っておくべきだったね。


「何でも良いじゃない。どうせ……今日が終わったらいなくなるんだし」


それを言葉にするだけで、また胸が苦しくなる。


目の前にいる美雪でさえ、カラダ探しが終われば死んでしまうから。


元の世界に戻ったら、私の今の記憶はどうなるのかな?


この記憶を持ったまま元の世界に戻るのか、そうじゃないのか。

何事もなかったかのように、日常生活を送るのかな?


「それは……そうなんだけどね。今日で終わりかあ……何だか怖くなってきちゃったよ」


いつもと変わらないように思える美雪も、きっといろいろ悩んで答えを出したんだろうな。


一番考えていないのは私のような気がするよ。


美雪と話をしていると、健司が教室に入って来た。


誰かを犠牲にしようというたくらみも失敗して、私達を敵に回していたけど、最後の日の今日、その顔はなぜか晴れやか。


私達を見て、こちらに近付いて来たと思ったら、突然頭を下げたのだ。


「留美子、美雪、頼む! 俺のカラダを探すのを手伝ってくれ!」


「な、何!? いきなり……」


頼まれるまでもなく、私はそのつもりだし、そうでなければカラダ探しが終わらないから。


だけど……あの健司が、こうも簡単に頭を下げるなんてどういう事だろう。


「皆の言う通り、教えてもらった場所にカラダがあった。それなのに俺は……本当に悪かったと思ってる!」


「ま、まあ……私達は全部カラダを回収したからね。後は健司だけだし、元からそのつもりだしね」


何か……また変な事を考えてるんじゃないの?

信じてあげたいけど、どうも裏があるんじゃないかと勘繰ってしまう。


「そうか、良かった……昨日、すごく心細かったんだ。俺だけカラダを集められなかったらどうしようって」


安心したように吐息を漏らして、うつむく健司。


その気持ちは分からなくもないし、信じてあげたいけど、もう少し話を聞きたいと思っていた。









健司は昨日の夜、図書室を出た時に赤い人の笑い声に気付き、生産棟へと逃げたらしい。


そして、赤い人に追い付かれて殺されるというところで、突然現れた美紗に救われた。


一緒に逃げている途中で、自分が置かれている状況や、私達の想いを美紗から聞いて、考えを改めたとの事で。


美紗が健司の心を操るのが上手いのか、それとも健司が信じやすいのかは分からないけど。


こんなにあっさり心変わりするなら、早いうちに美紗に説得してもらえば良かったな。


話をしていると、龍平も教室に入って来て、後は美紗が来れば全員集合。


監禁されているであろうあゆみを除けば……だけど。


「よう、留美子。昨日は情けない姿を見せちまったな。でも、抱きしめてくれてうれしかったぜ」


妙に男前ぶって、私の肩に手を置いた龍平が呟いた。

「はぁ? あんた何勘違いしてんの? 赤い人が来てて、どうしようもなかったからしがみついただけで、あんたを抱きしめたつもりなんてないんだけど」


肩に置かれた手を叩いて、私は龍平をにらみつけた。


その行動に、何が何だか分からないと言った様子でとまどう龍平から、私はすぐに視線をそらした。


「そりゃないぜ! あんなに良い雰囲気だったのに。ほら、手も握ったろ!?」


何を言っても、しつこく昨日の事を言ってくる龍平にうんざりして教室を出た私は、逃げるように屋上に向かった。


だけど、龍平も私の後を追いかけて来て、屋上にまで一緒にやって来たのだ。


「もう! しつこいっての! 何なのよあんたは! 私が何をしようと、あんたの事なんて何とも思ってないの! 勘違いしないでよね!」


入り口をふさぐように立っている龍平を指差して、私はとにかく言葉を並べた。


良いも悪いも関係なく、ただ口から出る言葉を闇雲に。


その結果、龍平がどう思おうと知った事じゃない。


「いや、だってよ……俺はお前を守りたくて、絶対に手を放さないって決めて……留美子が好きだから……」


そう言われた時、私の胸はまた苦しくなって、とても悲しかった。