何を勘違いしているのか、龍平があゆみに手を伸ばした。
ここに来るまでのあんたならともかく、本性がバレたあんたに手を借りようなんてやつは誰もいないよ。
「え? あ、いらない」
そう言って、美雪の手をつかんで立ち上がろうとしている。
こんな龍平を見るのはいつ以来だろう?
半泣きになりながら、出した手を恥ずかしそうに引っ込めていた。
あゆみのカラダを回収して、校舎の中に戻った私達は、早く生徒玄関にと階段を駆け下りた。
三階に到着して、すぐに二階へと向かう。
まだ後一日残っているのに、ほとんど終わったも同然だ。
健司がいくら誰かを犠牲にしようとしても、健司以外の全員がカラダをそろえたから、それももう無理。
カラダを全部見つけるしか、方法はないのだ。
はやる気持ちを抑えて、踊り場を過ぎて二階までもうすぐ。
と、言う所まで来たのに……。
赤い人が、生産棟の方から、ものすごい勢いで階段の前に現れたのだ。
「キャハハハハハッ! いっぱいいる!!」
もう大丈夫だと安心しきって、急いで階段を駆け下りたのがまずかったのか……その足音が、生産棟にいる赤い人に聞こえたのだろう。
廊下を横滑りしながら現れた赤い人の姿に、私達は絶望しか感じなかった。
「止まるな! 行けっ!!」
その中で、声を上げたのは龍平。
今日のカラダ探しが始まってから、ずっとつないでいた私と龍平の手。
それがスルリと外れて……思わず私は、龍平の手をつかもうとしたけど……。
すでに龍平は、赤い人に飛びかかっていて、私からは遠く離れた場所にいた。
「アハハッ! お兄ちゃん……遊ぼう!」
「やってみろやオラァァァッ!!」
誘導灯の光に照らされて、不気味に浮かび上がる赤い人の顔。
その視線は龍平に向けられているけど……私達にも伝わってくる殺意。
子供の純粋な気持ちが、そのまま全部殺意になっているようで。
蛇ににらまれた蛙と言うべきか、ひざが震えて脚が前に出ない。
「留美子!! ほら、しっかりしてよっ!」
背中をバンッと叩かれ、我に返った私は、動かない脚を無理矢理に前に出して、階段を下りた。
目の前では、龍平が赤い人と戦っている。
一発でも攻撃を受けてしまえば、それで終わりだと言うのに……。
赤い人につかまれないように、龍平はうまく距離を保っている。
大丈夫、龍平が頑張ってくれるから……私達は生徒玄関にたどり着ける。
そう信じて二階を通り過ぎ、一階に向かおうとした時だった。
背後から、グチャッという音と、小さな悲鳴が聞こえたのは。
次の瞬間、私の前に飛んで来る棒状の塊。
それが龍平の腕だと分かった時、私は腰を抜かしてその場に座り込んでしまった。
「留美子! は、早く!」
私の肩を揺すって、なんとか歩かせようとする美雪。
ダメだ……普段なら、悲鳴を上げてでも逃げるけど、今日は何か違う。
ずっと手をつないでいて、一緒にいた龍平の腕が目の前にある事がショックで……。
「さ、先に行って。腰が抜けて……」
言うより早く、私を避けるようにして一階に向かう美雪とあゆみ。
私の背後で、龍平はどうなったんだろう。
腕が一本なくなったんだから、殺されたのかな。
どうしても、死という言葉が頭からはなれない。
だけど……背後から聞こえた声に、私は目を見開いた。
「るびごっ!! 逃げろってぇ!!」
腕を失った痛みで、歯を食いしばって叫んだのだろう。
まだ龍平は生きていて、私を逃がすまで、頑張るつもりなのだ。
何を私は諦めてたんだろう。
腰が抜けて動けないなら、這ってでも逃げれば良いじゃない。
手が離れた事で、寂しさを感じていたのかな。
うん、私らしくない。
大人しく殺されるより、最後まで悪あがきして生き延びる方が、ずっと私らしいよね。
そう考え直して、私は階段の方に手を伸ばした。
脚が動かなくて、素早く移動なんてできない。
醜く這って、一階に向かう階段に手をかけた。
もしも龍平が殺されて、私を追って来てもかまわない。
どうせ死ぬ事を覚悟したし、今さら殺されたって、遅いか早いかの違いでしかないのだから。
「こんの……化け物っ!!」
その声と共に、ドンッ!と壁を揺らすような音と振動が私にも伝わった。
階段を下りながら、龍平が死なないようにと祈り続けて、転がるようにたどり着いた踊り場。
生徒玄関の方に見えた眩しい光が、あゆみが頭部を回収したという事を教えてくれた。
「良かった……間に合ったんだ」
と、私が安心した時にそれは起こった。
一階と二階の間にある踊り場。
その壁に何かがぶつかって、私の横に落ちて来たのだ。
「ひゃっ!」
思わず悲鳴を上げた私が見た物は……腕と脚を失って、顔も血まみれの龍平だった。
苦しそうに肩で息をして、目も虚ろだ。
「龍平……ご、ごめんね」
逃げろって言ってくれたのに、私はまだこんな所にいるのだから。
「何……がだよ……」
息も絶え絶えに、私を見て笑って見せる龍平。
「だって、逃げろって言ってくれたのに……」
赤い人の足音が聞こえる。
私達が逃げられないと思ったのだろう。
ペタペタと、階段を下りて来るのが分かる。
その足音に恐怖した私は、残された龍平の手を握りしめた。
血に濡れて、ぬるぬるしているけど……不思議と安心する。
日中、武司さんに殺された時に似ているけど、ひとつだけ違う事がある。
今にも死んでしまいそうな龍平が、私の手を握り返してくれているから。
「こんな事……してる暇があるならよ……逃げ……ろよな」
そう言っていても、手を振りほどこうともせずに、私の手をなでるように握り続けている。
今日のカラダ探しが始まって、ずっとつないでいた龍平の手。
どうせ逃げられないなら、終わる時も手をつないだままで。
なんて、らしくない事を考えながら、私は手をつないだまま、龍平を抱きしめた。
意味がない事かもしれないけど、守ってくれた龍平を、今度は私が守りたいから。
龍平の髪の毛に頬を寄せて、安心して目を閉じた私は……。
背後から、赤い人に首をもぎ取られて死んだ。
苦しい……。
昨日の夜、赤い人に殺されて、目覚める前にまた夢を見るのかと思ったけど、今日はそうでもなくて。
もう朝になっていて、私はまぶたを開いて天井を見ていた。
何が苦しいって、赤い人に殺された事もそうなんだけど、なぜ私が昨日、龍平を抱きしめなきゃならなかったのか。
いつもの私なら、たとえ殺されると分かっていても、龍平なんて見捨てて、階段を転がるように下りて、何とか逃げようとしていたはずなのに。
事実、龍平が落ちて来るまでそう思っていたし、それが龍平の願いだから生き延びてやるって思ってたのにな。
だけどあの時、私の手を握り返してくれたのがうれしくて、離れたくないって思ってしまった。
「ふぅ……今日で最後か」
身体を起こして、部屋の中を見回すと……今日は美紗はいない。
必要ないと感じたのか、それともただ来なかっただけかは分からないけど、後で会うから今、いなくても問題じゃないんだけどね。
それにしても……私が龍平なんかをねぇ。
バカだし変態だし。
胸が苦しいのは、龍平が気になってるからかな。
でも、私はひとつの決意を胸に秘めて、ベッドから足を下ろした。
龍平だけは、絶対に好きにならない、と。
部屋着を脱ぎ、制服に着替えながら考えるのは、やっぱり龍平の事ばかり。
カラダ探しなんてやってなければ、すぐにでも付き合ってしまいそうなくらい、胸が苦しいのに。
「何考えてんのよ……ダメだよ。今日が終わったら……龍平にはもう会えないんだからさ」
机に手を突いて、そう考えると涙が溢れそうになるのを我慢して。
私はカバンと携帯電話を持って部屋を出た。
いつもと同じように階段を下りて、洗顔と食事。
今日のお弁当を冷蔵庫の中にある材料で作って、お弁当箱に詰める。
冷凍食品だけど、唐揚げとハンバーグをいっぱい詰めて。
ご飯のスペースがほとんどないくらいにギッチリと。
「はい、でき上がりと。あいつ、肉が好きだからね」
別に、お弁当をあげるわけじゃないのに、どうしてか龍平が好きな物ばかりだ。
でき上がったお弁当を改めて眺めて……私は溜め息を吐いた。
バカじゃないの?
あんなやつに合わせる必要ないんだって。
いなくなる人を好きになっても、悲しくなるだけなのに。
それが嫌だから、私は好きにならないって決めたのにな。
しばらくお弁当を見つめたまま、どんな顔をして会えば良いのかを考えていた。
いつもより少しだけ早い時間。
準備を済ませ、家を出て空を見上げると、昨日より大きくなったヒビ割れが、私に手を伸ばしているように見える。
向かいの家も、道路も、つついただけで崩れてしまいそうなほどだ。
「だ、大丈夫なんでしょうね、これ……」
何日か前に見た記憶の断片と、美紗が殺された時に崩れたあの感覚が思い出されて、足を出す事にも恐怖を感じる。
それでも、学校に行かなければ皆と話もできないし。
慎重に歩き出して、思っているよりもろくないと判断した私は、しばらくすると普通に歩いていた。
住宅街を抜けて、少し大きな道に出て。
その道沿いを、他の通学中の生徒達と一緒に歩く。
交差点で龍平と会うかな……なんて思っていたけど、この時間にはいないみたいだね。
あゆみは今日もまた、武司さんに監禁されてるのかな?
健司は……どうなったんだろう。
赤い人は、図書室にいた健司を追いかけて行ったんだよね。
私達が図書室の前の廊下を通った時に、赤い人に襲われなかったという事はそうなのだろう。