「……早く殺して!」
そう叫んだ私は、ゴロンと仰向けになった。
皆のために時間を稼ごうとしたけど、こんな痛みをずっと味わうくらいなら、死んだ方がマシだ。
ゆっくりと目を閉じて、私が聞いたこの日最後の言葉。
「ねぇ……赤いのちょうだい」
胸にドンッと、強い衝撃が走った事は覚えている。
それが私を死に至らしめたという事を理解して……私は今日も殺された。
赤い人に殺されて、次の日になったと思う。
今日で六日目。
また私は夢を見ている。
美紗はこれを記憶の断片だって言っていたけど、確かに夢独特の違和感がない。
「はぁ? 明日香、またカラダ探しさせられたの? どれだけ不運なのよ」
あ、これこれ。
この美人なのが私。
その隣にいるのが……明日香さんと高広さんだ。
辺りを見回すと、空や建物に亀裂があって、昨日の記憶の前の記憶だという事が分かる。
「うん。でも、遥とか武司とか……頑張ってくれたから、一週間くらいで終わらせる事ができたんだ」
へぇ……明日香さんは二回もカラダ探しをしたんだ。
元の世界って、そんなにひんぱんにカラダ探しさせられるの?
「知らなかった……でも、明日香が無事で良かったぜ」
安心したように、フゥッと溜め息を吐いた高広さん。
「ありがと。後は美雪が目覚めて、『呪い』を解くだけだね」
にっこりと笑った明日香さんに、高広さんが照れたような笑顔を向ける。
「そうだよねぇ。本当にうまく行くのかな。『呪い』を解いたら、どうなるんだろうね?」
私が言った言葉に、ふたりは黙ってしまった。
しばらく亀裂だらけの世界を歩いて学校に向かう。
小学校の前を歩いていた時に、明日香さんが呟いた言葉を私は聞き逃さなかった。
「……中庭か。なんだったんだろ、あれ」
「ん? 明日香、何か言った?」
「え? あ、何でもないよ。カラダ探しの話だから、もう終わった事だし」
私が尋ねると、明日香さんは慌てて手を振って見せた。
中庭?
あ、もしかして明日香さんも、昨日私が見たあのふたりの赤い人的な女の子を見たとか?
だとしたら、やっぱりこの世界と元の世界はつながりがあるって事だよね。
明日香さんもなんだったんだろって言ってるくらいだから、私に分かるわけないよね。
「それにしても武司の野郎。ずっと学校を休んでると思ったのによ。カラダ探しをさせられてたとはな」
「あゆみちゃんがいなくて、ショックだったんだよ。あ、でもね、カラダ探しが終わる頃には元気に……」
明日香さんが、武司さんの事を話している途中で、眠りから覚めるような感覚に襲われて。
まだ話を聞いていたいのに、私は誰かに揺り起こされるように六日目の朝を迎えた。
「……柊さん、起きて」
突然聞こえたその声に、私は慌ててまぶたを開いた。
見慣れた天井、私の部屋。
身体を起こして室内を見回すと……血まみれの美紗が、ベッドに伏せるようにしていたのだ。
「う、うわっ! びっくりした!! な、何で美紗が私の部屋にいるのよ!?」
昨日のカラダ探しで負った怪我がまだ治っていないようで、脚と右腕がつながっていなくて、布団とカーペットを赤く染めている。
あー……私の部屋が。
でも、昨日の様子だと、手足がつながれば血も消えるだろう。
「あなたが外に出ると……少し危険だと思って。だからここに飛ばせてもらったの」
んー、詳しく話を聞いてないから、状況が良く分からないけど、そんなにヤバいの?
てか、どう見ても美紗の方がヤバいじゃん。
「もう、あんたいろいろと化け物だわ。私はどうすれば良い? 何か食べ物持ってこようか?」
「ええ……お願いするわ。身体を治すのに、エネルギーが足りないの」
学校に行く準備をしなきゃならない時間だけど、美紗がこんな状態じゃ、そうも言ってられない。
私はベッドから下りると、部屋を出て一階へと向かった。
台所に入り、すぐに冷蔵庫を開けてみるけど……ろくな材料がない。
おばあちゃんがいないと、ママは買い物もサボるんだから。
昨日帰って来たから、また怒られる日々が始まるんだろうなあ。
「あー……レトルトのカレーとパンかぁ。美紗ならカレーでも良いよね」
すぐにそう判断して、鍋を火にかけて。
カレー皿にご飯を山盛りにして、水とスプーンを用意し、温まるのを待ちながら私はパンをかじっていた。
しばらくして、温まったのを確認した私は、それをご飯にかけて二階に持って上がった。
今まで美紗は、自分がどんな状態でも、私の家に来るなんて事はなかったのに、あんな姿で現れるなんて。
どうやってここまで来たのか分からないけど、今さら驚く事でもないかな。
「美紗! カレーで良い!? 足りないかもしれないけど!」
部屋に入り、ベッドの上にお盆を置いて、そう尋ねた。
「ありがとう、柊さん。でも……こんなに山盛りで、本当に私が食べられると思ってるのかしら?」
「あんたなら食べるでしょ? 何でも良いから、早く食べなさいよ」
スプーンを持って、ゆっくりとそれを口に運ぶ美紗を見ながら、私は言われた言葉を思い出した。
外に出ると少し危険か……。
窓の外を見てみると、特に変わった様子もないヒビ割れた世界だけど。
何が危険なのか、美紗の身体が治ってから聞くしかない。
「ふぅ……なかなか美味しいカレーだったわ。メーカーはどこかしら」
食べている間にも、昨日見たよりも早く腕と脚がつながって行ったのが分かる。
でも気になるのは……血で汚れたベッドとカーペットはきれいにならずに汚れたまま。
美紗の家じゃないから、このままって事?
ガックリと肩を落とし、ハアッと溜め息を吐いた私は、話を聞くために美紗の顔を見た。
「でさ、外は危険って何? 危険だったら、私だけじゃなくて美雪とかあゆみなんかもまずいんじゃないの?」
私が尋ねると、美紗はつながったばかりの腕で身体を支え、カレー皿の乗ったお盆を床に置き、ベッドに横になった。
カーペットやベッドは血まみれのなのに、美紗の制服はきれいになってるとか、不公平だよね。
「それは……問題ないと思うわ。相島さんと杉本君、池崎君は家が遠いし、袴田さんは心配いらない。問題は、家がそれほど遠くなくて、カラダを全部そろえた柊さんなのよ」
「家が遠くないって、どこからよ? それに、あゆみは心配いらないって……あ、武司さんがいるからか」
あの人がいれば、何があってもあゆみだけは守ってくれそうな気がするしね。
「……この世界が、美紀が逃げ込んだ誰かの意識の中だって話したわよね?」
確かにそんな話をしていたような気がする。
私の記憶の断片にあった、何人かの中の誰かの意識だって話。
その人に気付かれたら、排除されてしまうって事だよね?
「あー、うん。それがどうかしたの?」
「恐らく気付かれたわ。この世界の主に」
そう言われても……私は今ひとつピンと来なくて。
気付かれたなら排除されるんじゃないの?
なのに、私も美紗もまだここにいるし。
「えっと……気付かれたら排除されるんじゃなかったっけ?」
「そうね。自分の世界を守るために襲って来る。私達を殺そうとするのよ」
そこまで言われて、私はようやく昨日の武司さんの行動の意味を理解した。
何かおかしいと思ったんだよ。
龍平に負けたからって、包丁まで持ち出してさ。
私まで殺した武司さんの意味不明な行動。
「ま、まさか……この世界ってのは」
「間違いないわね。昨日、柊さんと池崎君が殺されたのは、ただの逆恨みじゃないわ。この世界は……袴田武司の意識よ」
よりによって……武司さんの意識って。
明日香さんとか高広さんだったら、何とか見逃してくれるかも……なんて思ってたけど、武司さんじゃあ期待できない。
実際、私は殺されたわけだしね。
「この世界は、袴田君が強く願って生まれたの。柊さんが見た、記憶の断片の中にいた誰よりも強くね」
美紗が言った言葉で、私は起きる直前に見た夢を思い出した。
あゆみがいなくなって、学校を休んでいたとか。
元の世界ではあゆみは死んでいて、この世界では生きている事を考えると……誰よりもそれを望んでいたのは、やっぱり武司さんなのかな。
「そんなのどうしようもないじゃない。武司さんの性格だったら、家に乗り込んで来るかもしれないし」
考えただけでもゾッとする。
安心できる家の中で襲われてしまったら、逃げ場なんてないじゃない。
「それは大丈夫だと思うわ。それならとっくに来てるはずだし、恐らくこの家が分からないんじゃないかしら?」
あ、そうなんだ。
そういえば私も、明日香さんとか高広さんの家は知ってるけど、結子さんの家は知らないからなあ。
そんな感じなのかな?
まあ、何にしても美紗がいたら大丈夫かな?
なんせ赤い人とバシバシやり合えるくらいだから、武司さんくらいどうとでもなるでしょ。
「とりあえずさ、武司さんに会わないように学校に行けば良いんでしょ?」
何にしても、皆と話をして、カラダをどれだけ回収したのか聞かなきゃならないし、この事も話さなきゃならない。
部屋着を脱ぎ捨て、制服を手に取るとそれに着替え始めた。
「……相変わらず無鉄砲ね。勇気があると言った方が良いかしら?」
ベッドに横になる美紗の顔は見えないけど、たぶん笑ってるんだろうなあ。