カラダ探し~第三夜~


「……早く殺して!」


そう叫んだ私は、ゴロンと仰向けになった。


皆のために時間を稼ごうとしたけど、こんな痛みをずっと味わうくらいなら、死んだ方がマシだ。


ゆっくりと目を閉じて、私が聞いたこの日最後の言葉。














「ねぇ……赤いのちょうだい」














胸にドンッと、強い衝撃が走った事は覚えている。


それが私を死に至らしめたという事を理解して……私は今日も殺された。
赤い人に殺されて、次の日になったと思う。


今日で六日目。









また私は夢を見ている。


美紗はこれを記憶の断片だって言っていたけど、確かに夢独特の違和感がない。






「はぁ? 明日香、またカラダ探しさせられたの? どれだけ不運なのよ」


あ、これこれ。


この美人なのが私。


その隣にいるのが……明日香さんと高広さんだ。


辺りを見回すと、空や建物に亀裂があって、昨日の記憶の前の記憶だという事が分かる。


「うん。でも、遥とか武司とか……頑張ってくれたから、一週間くらいで終わらせる事ができたんだ」


へぇ……明日香さんは二回もカラダ探しをしたんだ。


元の世界って、そんなにひんぱんにカラダ探しさせられるの?


「知らなかった……でも、明日香が無事で良かったぜ」


安心したように、フゥッと溜め息を吐いた高広さん。


「ありがと。後は美雪が目覚めて、『呪い』を解くだけだね」


にっこりと笑った明日香さんに、高広さんが照れたような笑顔を向ける。


「そうだよねぇ。本当にうまく行くのかな。『呪い』を解いたら、どうなるんだろうね?」

私が言った言葉に、ふたりは黙ってしまった。


しばらく亀裂だらけの世界を歩いて学校に向かう。


小学校の前を歩いていた時に、明日香さんが呟いた言葉を私は聞き逃さなかった。


「……中庭か。なんだったんだろ、あれ」


「ん? 明日香、何か言った?」


「え? あ、何でもないよ。カラダ探しの話だから、もう終わった事だし」


私が尋ねると、明日香さんは慌てて手を振って見せた。








中庭?









あ、もしかして明日香さんも、昨日私が見たあのふたりの赤い人的な女の子を見たとか?


だとしたら、やっぱりこの世界と元の世界はつながりがあるって事だよね。


明日香さんもなんだったんだろって言ってるくらいだから、私に分かるわけないよね。


「それにしても武司の野郎。ずっと学校を休んでると思ったのによ。カラダ探しをさせられてたとはな」


「あゆみちゃんがいなくて、ショックだったんだよ。あ、でもね、カラダ探しが終わる頃には元気に……」


明日香さんが、武司さんの事を話している途中で、眠りから覚めるような感覚に襲われて。


まだ話を聞いていたいのに、私は誰かに揺り起こされるように六日目の朝を迎えた。










「……柊さん、起きて」










突然聞こえたその声に、私は慌ててまぶたを開いた。


見慣れた天井、私の部屋。


身体を起こして室内を見回すと……血まみれの美紗が、ベッドに伏せるようにしていたのだ。


「う、うわっ! びっくりした!! な、何で美紗が私の部屋にいるのよ!?」


昨日のカラダ探しで負った怪我がまだ治っていないようで、脚と右腕がつながっていなくて、布団とカーペットを赤く染めている。







あー……私の部屋が。


でも、昨日の様子だと、手足がつながれば血も消えるだろう。


「あなたが外に出ると……少し危険だと思って。だからここに飛ばせてもらったの」


んー、詳しく話を聞いてないから、状況が良く分からないけど、そんなにヤバいの?


てか、どう見ても美紗の方がヤバいじゃん。


「もう、あんたいろいろと化け物だわ。私はどうすれば良い? 何か食べ物持ってこようか?」


「ええ……お願いするわ。身体を治すのに、エネルギーが足りないの」


学校に行く準備をしなきゃならない時間だけど、美紗がこんな状態じゃ、そうも言ってられない。

私はベッドから下りると、部屋を出て一階へと向かった。


台所に入り、すぐに冷蔵庫を開けてみるけど……ろくな材料がない。


おばあちゃんがいないと、ママは買い物もサボるんだから。


昨日帰って来たから、また怒られる日々が始まるんだろうなあ。


「あー……レトルトのカレーとパンかぁ。美紗ならカレーでも良いよね」


すぐにそう判断して、鍋を火にかけて。


カレー皿にご飯を山盛りにして、水とスプーンを用意し、温まるのを待ちながら私はパンをかじっていた。


しばらくして、温まったのを確認した私は、それをご飯にかけて二階に持って上がった。


今まで美紗は、自分がどんな状態でも、私の家に来るなんて事はなかったのに、あんな姿で現れるなんて。


どうやってここまで来たのか分からないけど、今さら驚く事でもないかな。











「美紗! カレーで良い!? 足りないかもしれないけど!」


部屋に入り、ベッドの上にお盆を置いて、そう尋ねた。


「ありがとう、柊さん。でも……こんなに山盛りで、本当に私が食べられると思ってるのかしら?」


「あんたなら食べるでしょ? 何でも良いから、早く食べなさいよ」

スプーンを持って、ゆっくりとそれを口に運ぶ美紗を見ながら、私は言われた言葉を思い出した。


外に出ると少し危険か……。


窓の外を見てみると、特に変わった様子もないヒビ割れた世界だけど。


何が危険なのか、美紗の身体が治ってから聞くしかない。


「ふぅ……なかなか美味しいカレーだったわ。メーカーはどこかしら」


食べている間にも、昨日見たよりも早く腕と脚がつながって行ったのが分かる。


でも気になるのは……血で汚れたベッドとカーペットはきれいにならずに汚れたまま。


美紗の家じゃないから、このままって事?


ガックリと肩を落とし、ハアッと溜め息を吐いた私は、話を聞くために美紗の顔を見た。


「でさ、外は危険って何? 危険だったら、私だけじゃなくて美雪とかあゆみなんかもまずいんじゃないの?」


私が尋ねると、美紗はつながったばかりの腕で身体を支え、カレー皿の乗ったお盆を床に置き、ベッドに横になった。


カーペットやベッドは血まみれのなのに、美紗の制服はきれいになってるとか、不公平だよね。

「それは……問題ないと思うわ。相島さんと杉本君、池崎君は家が遠いし、袴田さんは心配いらない。問題は、家がそれほど遠くなくて、カラダを全部そろえた柊さんなのよ」


「家が遠くないって、どこからよ? それに、あゆみは心配いらないって……あ、武司さんがいるからか」


あの人がいれば、何があってもあゆみだけは守ってくれそうな気がするしね。


「……この世界が、美紀が逃げ込んだ誰かの意識の中だって話したわよね?」


確かにそんな話をしていたような気がする。


私の記憶の断片にあった、何人かの中の誰かの意識だって話。


その人に気付かれたら、排除されてしまうって事だよね?


「あー、うん。それがどうかしたの?」


「恐らく気付かれたわ。この世界の主に」


そう言われても……私は今ひとつピンと来なくて。


気付かれたなら排除されるんじゃないの?


なのに、私も美紗もまだここにいるし。


「えっと……気付かれたら排除されるんじゃなかったっけ?」


「そうね。自分の世界を守るために襲って来る。私達を殺そうとするのよ」

そこまで言われて、私はようやく昨日の武司さんの行動の意味を理解した。


何かおかしいと思ったんだよ。


龍平に負けたからって、包丁まで持ち出してさ。


私まで殺した武司さんの意味不明な行動。








「ま、まさか……この世界ってのは」









「間違いないわね。昨日、柊さんと池崎君が殺されたのは、ただの逆恨みじゃないわ。この世界は……袴田武司の意識よ」











よりによって……武司さんの意識って。


明日香さんとか高広さんだったら、何とか見逃してくれるかも……なんて思ってたけど、武司さんじゃあ期待できない。


実際、私は殺されたわけだしね。


「この世界は、袴田君が強く願って生まれたの。柊さんが見た、記憶の断片の中にいた誰よりも強くね」


美紗が言った言葉で、私は起きる直前に見た夢を思い出した。


あゆみがいなくなって、学校を休んでいたとか。


元の世界ではあゆみは死んでいて、この世界では生きている事を考えると……誰よりもそれを望んでいたのは、やっぱり武司さんなのかな。

「そんなのどうしようもないじゃない。武司さんの性格だったら、家に乗り込んで来るかもしれないし」


考えただけでもゾッとする。


安心できる家の中で襲われてしまったら、逃げ場なんてないじゃない。


「それは大丈夫だと思うわ。それならとっくに来てるはずだし、恐らくこの家が分からないんじゃないかしら?」








あ、そうなんだ。


そういえば私も、明日香さんとか高広さんの家は知ってるけど、結子さんの家は知らないからなあ。


そんな感じなのかな?


まあ、何にしても美紗がいたら大丈夫かな?


なんせ赤い人とバシバシやり合えるくらいだから、武司さんくらいどうとでもなるでしょ。


「とりあえずさ、武司さんに会わないように学校に行けば良いんでしょ?」


何にしても、皆と話をして、カラダをどれだけ回収したのか聞かなきゃならないし、この事も話さなきゃならない。


部屋着を脱ぎ捨て、制服を手に取るとそれに着替え始めた。


「……相変わらず無鉄砲ね。勇気があると言った方が良いかしら?」


ベッドに横になる美紗の顔は見えないけど、たぶん笑ってるんだろうなあ。