カラダ探し~第三夜~


もう殺されてしまう。


脳裏をよぎったのは諦めの言葉。


それでも逃げないわけにはいかないし、どうせ殺されるなら、少しでも時間を稼がないと。


それが、カラダを全部そろえた私の役割だと思ったから。


二階にたどり着いて、東棟の方に向かって走った私は、その時点で大きな選択ミスをした事に気付いた。


大職員室に行く事を考えてたから、思わずこっちに走ってしまったけど……美雪達がいる可能性があるじゃない!













「キャハハハハハハーッ!」













壁や天井を移動したのか、赤い人の声が、早くも廊下に飛び出した事を私に教えてくれる。


速過ぎるって!


これで廊下を落下なんてされたら……なんて考えている間にも、背後からグチャッとやられてしまう!


長い廊下は、私にとっては不利だ。


「あ、赤い人が来るよ! 皆逃げて!!」


時間を稼ぐとか、そんな事を言ってる余裕なんてなかった!


東棟に入り、大職員の前の廊下を走った私は、チラリとその入り口に視線を向けた。


ドアの隙間から、誰かがこちらを見ているような……そんな感じがして、私は叫んだ。


「体育館の教官室に行って!」


「キャハハハハハハッ! 待てっ!」



背後に迫る赤い人の恐怖を感じながら、次は西棟の廊下を南下する。


一直線に走るよりも、ジクザクに走った方が時間が稼げるような気がして。


私が一番最初の教室に差しかかった時、背後の壁がドンッ!という音を立てた。


ダメだ、このまま走ってても、すぐに殺されてしまう!


考えるより早く、教室のドアを開けて室内に入り、南側の入り口に向かって走った。


その直後、ドアを突き破って教室に入って来る赤い人。


「ひ、ひいっ!」


激しい音に身をすくませながらも必死に走って。


今度は廊下に出るためにドアに手を伸ばし、それを開けて転がるように教室から出た。


ギリギリ……ギリギリだけど、なんとかうまく時間は稼げてる。


少しでも速度を落とせば捕まってしまいそうだけど、この調子で走れば。


そう考えていたけど……私の考えなんて、赤い人の破壊的な力の前では何の役にも立たない事を、次の瞬間思い知らされた。


廊下に出て、隣の教室に走っている途中。


背後でガラスが砕ける音と……廊下の壁に着地する音が聞こえて。

気になるけど、振り返る事ができない恐怖と、まだ隣の教室のドアに手が届かない絶望感に襲われる。


もう少し……もう少しで教室に逃げ込める!


泣きそうになって伸ばした手が、ドアに触れそうな距離まで近付いた時。












すでに、赤い人は私の目の前のドアに先回りしていて……。













目が合って、私は死を覚悟した。













ドアに手が触れて、開けようと思って力を入れるけど……空振りしたのか、ドアは開かずに。


私はその勢いを殺す事ができずに、肩からそれにぶつかって、ドアと一緒に教室の中に倒れ込んでしまったのだ。






「いたっ!」






小さく声を上げたけど、赤い人がいたのに殺されなかった。


それだけは運が良かったと言える。


だったら、幸運が続いてるうちに、早く教室の前に移動しないと。


そう思って、手を突いて立ち上がろうとしたけど……私はそれができずに、バランスを崩して顔から倒れてしまった。





どうしてこんな時に……いや、それよりも左手で支えた感覚がなかったような……。






何かがおかしいと感じて、左手を見てみると……。









「えっ!? えっ!? 何で!? どうなってるの! どこに行ったの!? 私の腕!!」





携帯電話で照らされた私の左腕は、動かしている感覚はあるはずなのに、ひじから先がなくなっていたのだ。


ドクドクと流れる血が、ドアを赤く染め上げて、左腕を失った痛みが一気に脳まで駆け上がる。


「嘘、嘘! 腕が……腕がないっ!」


痛みにもだえて、泣き叫んでいると……さらに、左脚にも衝撃が走った。


今度は左脚!


何度立ち上がろうとしても、片脚がない状態では、それもできない。


いっその事、気絶してほしいのに。


それすらも、カラダ探しではさせてくれないのかな。


片側の腕と脚がないけど、最後まで私にできる事をしないと。


ろくに動けない状態になりながらも、必死に机と机の間を這って、教室の前へと向かった。













だけど……。












「アハハハッ! お姉ちゃん面白い!」










その声に、ハッと机の上を見て、携帯電話を向けるとそこには赤い人の姿。


私の腕と脚を両手に持って、ニヤニヤと笑みを浮かべている。


痛みが全身を駆け巡り、もうここまでだと判断した私が考えた事は……。

「……早く殺して!」


そう叫んだ私は、ゴロンと仰向けになった。


皆のために時間を稼ごうとしたけど、こんな痛みをずっと味わうくらいなら、死んだ方がマシだ。


ゆっくりと目を閉じて、私が聞いたこの日最後の言葉。














「ねぇ……赤いのちょうだい」














胸にドンッと、強い衝撃が走った事は覚えている。


それが私を死に至らしめたという事を理解して……私は今日も殺された。
赤い人に殺されて、次の日になったと思う。


今日で六日目。









また私は夢を見ている。


美紗はこれを記憶の断片だって言っていたけど、確かに夢独特の違和感がない。






「はぁ? 明日香、またカラダ探しさせられたの? どれだけ不運なのよ」


あ、これこれ。


この美人なのが私。


その隣にいるのが……明日香さんと高広さんだ。


辺りを見回すと、空や建物に亀裂があって、昨日の記憶の前の記憶だという事が分かる。


「うん。でも、遥とか武司とか……頑張ってくれたから、一週間くらいで終わらせる事ができたんだ」


へぇ……明日香さんは二回もカラダ探しをしたんだ。


元の世界って、そんなにひんぱんにカラダ探しさせられるの?


「知らなかった……でも、明日香が無事で良かったぜ」


安心したように、フゥッと溜め息を吐いた高広さん。


「ありがと。後は美雪が目覚めて、『呪い』を解くだけだね」


にっこりと笑った明日香さんに、高広さんが照れたような笑顔を向ける。


「そうだよねぇ。本当にうまく行くのかな。『呪い』を解いたら、どうなるんだろうね?」

私が言った言葉に、ふたりは黙ってしまった。


しばらく亀裂だらけの世界を歩いて学校に向かう。


小学校の前を歩いていた時に、明日香さんが呟いた言葉を私は聞き逃さなかった。


「……中庭か。なんだったんだろ、あれ」


「ん? 明日香、何か言った?」


「え? あ、何でもないよ。カラダ探しの話だから、もう終わった事だし」


私が尋ねると、明日香さんは慌てて手を振って見せた。








中庭?









あ、もしかして明日香さんも、昨日私が見たあのふたりの赤い人的な女の子を見たとか?


だとしたら、やっぱりこの世界と元の世界はつながりがあるって事だよね。


明日香さんもなんだったんだろって言ってるくらいだから、私に分かるわけないよね。


「それにしても武司の野郎。ずっと学校を休んでると思ったのによ。カラダ探しをさせられてたとはな」


「あゆみちゃんがいなくて、ショックだったんだよ。あ、でもね、カラダ探しが終わる頃には元気に……」


明日香さんが、武司さんの事を話している途中で、眠りから覚めるような感覚に襲われて。


まだ話を聞いていたいのに、私は誰かに揺り起こされるように六日目の朝を迎えた。










「……柊さん、起きて」










突然聞こえたその声に、私は慌ててまぶたを開いた。


見慣れた天井、私の部屋。


身体を起こして室内を見回すと……血まみれの美紗が、ベッドに伏せるようにしていたのだ。


「う、うわっ! びっくりした!! な、何で美紗が私の部屋にいるのよ!?」


昨日のカラダ探しで負った怪我がまだ治っていないようで、脚と右腕がつながっていなくて、布団とカーペットを赤く染めている。







あー……私の部屋が。


でも、昨日の様子だと、手足がつながれば血も消えるだろう。


「あなたが外に出ると……少し危険だと思って。だからここに飛ばせてもらったの」


んー、詳しく話を聞いてないから、状況が良く分からないけど、そんなにヤバいの?


てか、どう見ても美紗の方がヤバいじゃん。


「もう、あんたいろいろと化け物だわ。私はどうすれば良い? 何か食べ物持ってこようか?」


「ええ……お願いするわ。身体を治すのに、エネルギーが足りないの」


学校に行く準備をしなきゃならない時間だけど、美紗がこんな状態じゃ、そうも言ってられない。

私はベッドから下りると、部屋を出て一階へと向かった。


台所に入り、すぐに冷蔵庫を開けてみるけど……ろくな材料がない。


おばあちゃんがいないと、ママは買い物もサボるんだから。


昨日帰って来たから、また怒られる日々が始まるんだろうなあ。


「あー……レトルトのカレーとパンかぁ。美紗ならカレーでも良いよね」


すぐにそう判断して、鍋を火にかけて。


カレー皿にご飯を山盛りにして、水とスプーンを用意し、温まるのを待ちながら私はパンをかじっていた。


しばらくして、温まったのを確認した私は、それをご飯にかけて二階に持って上がった。


今まで美紗は、自分がどんな状態でも、私の家に来るなんて事はなかったのに、あんな姿で現れるなんて。


どうやってここまで来たのか分からないけど、今さら驚く事でもないかな。











「美紗! カレーで良い!? 足りないかもしれないけど!」


部屋に入り、ベッドの上にお盆を置いて、そう尋ねた。


「ありがとう、柊さん。でも……こんなに山盛りで、本当に私が食べられると思ってるのかしら?」


「あんたなら食べるでしょ? 何でも良いから、早く食べなさいよ」