本当に何なんだろう。
私がカラダを全部そろえたから、今まで見えなかった物が見えるようになったとか?
そうだったら……どうでも良い事だね。
何となく気持ち悪いとは思うものの、害がないなら無視して良いよね。
私はこのふたりを無視して、美雪達がいるであろう東側の教室へと向かった。
あのふたりは何だったんだろう。
廊下を歩いてても、どうしても考えてしまう。
東側と西側をつなぐ廊下を通り、龍平が言っていた部屋に向かう。
廊下の中程まで歩くと、またドアが開いている部屋。
そこが龍平の言っていた教室だけど……。
その中には、あゆみも美雪もいなかったのだ。
「あれ? ここにもいない。どこに行ったんだろ」
他に、カラダがある場所はどこだったかな。
生産棟にはもうないはずだし……可能性としては大職員室か。
私のカラダがあったから椅子を入り口に置いてきたけど。
もう一度大職員に行かなきゃならないかな。
「仕方ない。大職員室に戻るか」
すれ違いが多いなと思いながら教室を出た私は、再び大職員に向かうために歩き出した。
西側と東側をつなぐ、さっき私が通った廊下を通り過ぎて、階段に向かおうとした時だった。
あれ?
今、誰か……。
視界の隅っこに入った、人影のようなもの。
美雪かあゆみがいるのかなと、スッと視線をその方に向けた私は、心臓が止まる程の恐怖を感じた。
暗い廊下の真ん中……避難口の通路誘導灯の光で浮かび上がったのは……真っ赤に染まった健司だった。
しかもその身体には穴が開いているようで、そこから血がダラダラと流れ出ている。
でも……どうして健司がこんな姿でここに立ってるの?
何かが……と言うより、すべてがおかしい。
これは間違いない。
「あ、赤い人!?」
と、私が叫んだ瞬間、健司の背後からニタリと笑みを浮かべた赤い人が顔をのぞかせたのだ。
ヤバい! こんなに近くにいたら、あっと言う間に殺されてしまう!
その顔を見た瞬間、私の身体は反射的に動いた。
近くにある階段を駆け上がっている途中で、バタッと何かが倒れる音が聞こえて……その直後に笑い声。
「キャーハハハハハハッ!」
踊り場を通り過ぎて、校舎を震わすほどの笑い声が私を襲う。
もう殺されてしまう。
脳裏をよぎったのは諦めの言葉。
それでも逃げないわけにはいかないし、どうせ殺されるなら、少しでも時間を稼がないと。
それが、カラダを全部そろえた私の役割だと思ったから。
二階にたどり着いて、東棟の方に向かって走った私は、その時点で大きな選択ミスをした事に気付いた。
大職員室に行く事を考えてたから、思わずこっちに走ってしまったけど……美雪達がいる可能性があるじゃない!
「キャハハハハハハーッ!」
壁や天井を移動したのか、赤い人の声が、早くも廊下に飛び出した事を私に教えてくれる。
速過ぎるって!
これで廊下を落下なんてされたら……なんて考えている間にも、背後からグチャッとやられてしまう!
長い廊下は、私にとっては不利だ。
「あ、赤い人が来るよ! 皆逃げて!!」
時間を稼ぐとか、そんな事を言ってる余裕なんてなかった!
東棟に入り、大職員の前の廊下を走った私は、チラリとその入り口に視線を向けた。
ドアの隙間から、誰かがこちらを見ているような……そんな感じがして、私は叫んだ。
「体育館の教官室に行って!」
「キャハハハハハハッ! 待てっ!」
背後に迫る赤い人の恐怖を感じながら、次は西棟の廊下を南下する。
一直線に走るよりも、ジクザクに走った方が時間が稼げるような気がして。
私が一番最初の教室に差しかかった時、背後の壁がドンッ!という音を立てた。
ダメだ、このまま走ってても、すぐに殺されてしまう!
考えるより早く、教室のドアを開けて室内に入り、南側の入り口に向かって走った。
その直後、ドアを突き破って教室に入って来る赤い人。
「ひ、ひいっ!」
激しい音に身をすくませながらも必死に走って。
今度は廊下に出るためにドアに手を伸ばし、それを開けて転がるように教室から出た。
ギリギリ……ギリギリだけど、なんとかうまく時間は稼げてる。
少しでも速度を落とせば捕まってしまいそうだけど、この調子で走れば。
そう考えていたけど……私の考えなんて、赤い人の破壊的な力の前では何の役にも立たない事を、次の瞬間思い知らされた。
廊下に出て、隣の教室に走っている途中。
背後でガラスが砕ける音と……廊下の壁に着地する音が聞こえて。
気になるけど、振り返る事ができない恐怖と、まだ隣の教室のドアに手が届かない絶望感に襲われる。
もう少し……もう少しで教室に逃げ込める!
泣きそうになって伸ばした手が、ドアに触れそうな距離まで近付いた時。
すでに、赤い人は私の目の前のドアに先回りしていて……。
目が合って、私は死を覚悟した。
ドアに手が触れて、開けようと思って力を入れるけど……空振りしたのか、ドアは開かずに。
私はその勢いを殺す事ができずに、肩からそれにぶつかって、ドアと一緒に教室の中に倒れ込んでしまったのだ。
「いたっ!」
小さく声を上げたけど、赤い人がいたのに殺されなかった。
それだけは運が良かったと言える。
だったら、幸運が続いてるうちに、早く教室の前に移動しないと。
そう思って、手を突いて立ち上がろうとしたけど……私はそれができずに、バランスを崩して顔から倒れてしまった。
どうしてこんな時に……いや、それよりも左手で支えた感覚がなかったような……。
何かがおかしいと感じて、左手を見てみると……。
「えっ!? えっ!? 何で!? どうなってるの! どこに行ったの!? 私の腕!!」
携帯電話で照らされた私の左腕は、動かしている感覚はあるはずなのに、ひじから先がなくなっていたのだ。
ドクドクと流れる血が、ドアを赤く染め上げて、左腕を失った痛みが一気に脳まで駆け上がる。
「嘘、嘘! 腕が……腕がないっ!」
痛みにもだえて、泣き叫んでいると……さらに、左脚にも衝撃が走った。
今度は左脚!
何度立ち上がろうとしても、片脚がない状態では、それもできない。
いっその事、気絶してほしいのに。
それすらも、カラダ探しではさせてくれないのかな。
片側の腕と脚がないけど、最後まで私にできる事をしないと。
ろくに動けない状態になりながらも、必死に机と机の間を這って、教室の前へと向かった。
だけど……。
「アハハハッ! お姉ちゃん面白い!」
その声に、ハッと机の上を見て、携帯電話を向けるとそこには赤い人の姿。
私の腕と脚を両手に持って、ニヤニヤと笑みを浮かべている。
痛みが全身を駆け巡り、もうここまでだと判断した私が考えた事は……。
「……早く殺して!」
そう叫んだ私は、ゴロンと仰向けになった。
皆のために時間を稼ごうとしたけど、こんな痛みをずっと味わうくらいなら、死んだ方がマシだ。
ゆっくりと目を閉じて、私が聞いたこの日最後の言葉。
「ねぇ……赤いのちょうだい」
胸にドンッと、強い衝撃が走った事は覚えている。
それが私を死に至らしめたという事を理解して……私は今日も殺された。
赤い人に殺されて、次の日になったと思う。
今日で六日目。
また私は夢を見ている。
美紗はこれを記憶の断片だって言っていたけど、確かに夢独特の違和感がない。
「はぁ? 明日香、またカラダ探しさせられたの? どれだけ不運なのよ」
あ、これこれ。
この美人なのが私。
その隣にいるのが……明日香さんと高広さんだ。
辺りを見回すと、空や建物に亀裂があって、昨日の記憶の前の記憶だという事が分かる。
「うん。でも、遥とか武司とか……頑張ってくれたから、一週間くらいで終わらせる事ができたんだ」
へぇ……明日香さんは二回もカラダ探しをしたんだ。
元の世界って、そんなにひんぱんにカラダ探しさせられるの?
「知らなかった……でも、明日香が無事で良かったぜ」
安心したように、フゥッと溜め息を吐いた高広さん。
「ありがと。後は美雪が目覚めて、『呪い』を解くだけだね」
にっこりと笑った明日香さんに、高広さんが照れたような笑顔を向ける。
「そうだよねぇ。本当にうまく行くのかな。『呪い』を解いたら、どうなるんだろうね?」
私が言った言葉に、ふたりは黙ってしまった。
しばらく亀裂だらけの世界を歩いて学校に向かう。
小学校の前を歩いていた時に、明日香さんが呟いた言葉を私は聞き逃さなかった。
「……中庭か。なんだったんだろ、あれ」
「ん? 明日香、何か言った?」
「え? あ、何でもないよ。カラダ探しの話だから、もう終わった事だし」
私が尋ねると、明日香さんは慌てて手を振って見せた。
中庭?
あ、もしかして明日香さんも、昨日私が見たあのふたりの赤い人的な女の子を見たとか?
だとしたら、やっぱりこの世界と元の世界はつながりがあるって事だよね。
明日香さんもなんだったんだろって言ってるくらいだから、私に分かるわけないよね。
「それにしても武司の野郎。ずっと学校を休んでると思ったのによ。カラダ探しをさせられてたとはな」
「あゆみちゃんがいなくて、ショックだったんだよ。あ、でもね、カラダ探しが終わる頃には元気に……」
明日香さんが、武司さんの事を話している途中で、眠りから覚めるような感覚に襲われて。
まだ話を聞いていたいのに、私は誰かに揺り起こされるように六日目の朝を迎えた。