カラダ探し~第三夜~


「あんた、死にかけじゃない! 無理だって! そんなんじゃ本当に死ぬよ!?」


美紗に死なれると、今日のカラダ探しが終わってしまうからなのか、それとも本当に美紗に死んでほしくないと思ったかなのかは分からない。


でも、どっちにしても死んでほしくないという気持ちは変わらない。


「良いから行きなさい! 私が死ぬ前に……カラダを……」


フラフラとした足取りで私の前を通り、廊下に出る美紗。


あの……美紗に引っ張られなかったら、そのまま大職員に向かってたんだけど。


なんて、今の美紗に言えるわけがない。


美紗のためにできる事は、早くカラダを見つける事だ。


一週間以内に……なんて悠長な事は言わない。


明日中には全部見つけてやる!


ボロボロの美紗を見て、私は再び廊下に飛び出した。









「キャハハハハハッ!」









背後から、赤い人の声が聞こえた。


でも……。







「おいたが過ぎるわよ」






美紗のそんな声と、ゴンッ! という鈍い音が、私の耳に届いた。


美紗なら大丈夫。


絶対に、カラダを見つけるまで頑張ってくれる。


祈るように渡り廊下を走って、東棟に入った私は、すぐに大職員へと続く廊下に入った。

やった、もうちょっとで大職員だ。


脚の震えと恐怖から、今、自分が何をしているのか分からないという錯覚に陥るけど、やらなければならない事は分かってる。


大職員にあるカラダが、あゆみの物か、私の物かという事が分かればそれで良いから。


だけど、手を伸ばして、大職員のドアに近づいた時、それは起こった。


















「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」













校舎全体に響き渡るような大咆哮に、私は思わず伸ばした手を耳に当てて、身をすくめた。


そして……ベタベタという足音が、こちらに向かって移動を始めたのだ。


これは、赤い人の足音?


み、美紗はどうなったの?


なんて、考えてる余裕なんてない!


私は大職員のドアを開けて中に入ると、携帯電話の明かりで室内を照らした。


「どこよ! どこにあるのよ! 美雪!」


見渡す限り、どこにも見当たらないカラダを探して、私は叫んだ。


部屋が広い! 探す場所が多い!


美雪にどこにあるか聞いておけば良かった!

そんな後悔も、背後に迫る赤い人の恐怖にかき消されて。


手当たり次第に近くにある物をひっくり返すけれど、それらしい物は何もない。


そんな事をしている間にも、ベタベタという足音は大職員の前まで迫っていて……。


それがピタリと止まった時、私は携帯電話の明かりを入り口に向けた。


するとそこには……。











全身血まみれの美紗。


そして、その背後には赤い人がいて……。


首をつかまれた美紗が、赤い人によって無理矢理立たされているといった状態。


「ひ、柊さん……」


と、美紗が小さく呟いた瞬間。


ボキッという音が聞こえて……壁や床に、大きな亀裂が走ったのだ。


ガラガラと、音を立てるかのように崩れ落ちる壁や床。


いったい、何がどうなっているのか分からないけど、もしかするとこれが、美紗が死ぬと今日のカラダ探しが終わるという事の意味だったのかなと理解して。


私は、崩れ落ちる床と共に、深い闇の中に落ちていった。











この日初めて、私は赤い人に殺されずに翌日を迎える事になった。
夜の学校で美紗が殺され、その日のカラダ探しは終わって次の日。


いつもならすぐに目を覚ますはずなのに、私は夢を見ていた。








ここは……学校?


それも、大職員室の前の廊下で、私の姿も見える。


「美雪、大丈夫かなあ。本当に『呪い』は解けるかな」


うーん、夢の中でもやっぱり私は美人だね。

一緒にいる明日香さんや結子さんと比べても、飛び抜けてるよ。


「ここまで来たら相島を信じるしかねぇだろうが。『呪い』が解けねぇなら、お前ら全員ぶっ殺すだけだけどな。覚悟しとけよ」


……なんか武司さん、物騒な事を言ってるんですけど。


いくらなんでも、現実ではここまでひどくはないよ。


私がそんな風に思ってるって事なのかな?


「まあまあ、僕には分からないけど、世界が壊れかけているんだろう? この世界がどうなるにしても、もう後戻りはできないんだから」


うげっ! 何なのこの不気味な人!


ギョロッとした目に、痩せこけた頬。


さらに猫背で、良いとこひとつもないじゃん!


どこからこんな人が現れたんだか。

「八代先生も、千春さんと再会できればいいね。お互いに離れていた記憶がないかもしれないけど」


明日香さんがニコッと微笑んで、その不気味な男性にささやいた。











は?


今、なんつった?


八代先生?









この化け物みたいな人が、学校一のイケメン先生の八代先生!?


……ないない、きっと同じ名字の別人。


「ほら、翔太! 元気出しなよ! 高広みたいに、世界がどうなっても、美雪を見つけ出すって思ってればいいじゃん」


そう言って、バンッと翔太さんの背中を叩く、もうひとりの私。










ええーっ!









翔太さんと高広さんを呼び捨てにしちゃってるよ!


ちゃんと「さん」付けしないと!


と、そんな事を思っていると……。


気付いてはいたけど、そこら中にある亀裂。


美紗が死んだ時に、私が見た亀裂と似ている。


それが、昨日と同じように崩れ出したのだ。


「な、何これ!? 『呪い』が解けたの!?」


「世界の崩壊……始まったのか」


私と翔太さんが、辺りを見回して声を上げる。

高広さんと明日香さんはお互いに寄り添って……。


武司さんと結子さんは、それに驚いた様子で、他の人に見られないように手をつないでいた。


そうして辺りを確認している間にも、世界の破片が崩れ落ちていて……。


私の足元の床に、大きな穴が空いて、気付いた時には私はその穴に落ちていた。










「……ちょっと! ……大丈……」













その夢で、最後に聞いた私の声。


何を言ってるか聞き取れなかったけど、それが少し気になった。









ドンッ!


と、ベッドから床に落ちて目を覚ました私は、「だと思ったよ……」などとわけの分からない事を呟きながら目をこすった。


夢にしては、やけにリアルな内容だったじゃないの。


まるで、昔、本当にあったような。


でも、高広さんや翔太さんにため口だったし、何より八代先生と呼ばれた人が、とんでもなく不気味な人だったから、やっぱりただの夢だったのだろう。


「おっ? 今日は身体が軽いね。赤い人に殺されないと、こんなに調子が良いんだ?」


その場に立ち上がり、腕や首を回してみると、殺された日の翌日と比べて痛みも疲労もない。


何日かぶりに、気持ちの良い朝を迎えた……そんな感じだ。


それにしても、昨日は失敗したな。
カラダの場所を聞いて、私の物かどうか判断する事くらいできると思っていたのに、それより早く美紗が殺されてしまうなんて。


少なくとも、今日のカラダ探しで、皆が見つけたカラダの回収をしたいところだ。


「皆が調べた部屋を潰していけば、健司がどこを調べたか分かるんだよね」


部屋着を脱ぎ捨てて、私は下着姿で小さく拳を握りしめた。


服を着替えて部屋を出て、リビングに入った私は、モワッと漂うその匂いに、顔をしかめた。


うわっ! くさっ! 何これ……またママが飲み過ぎたの?


そう思ってソファを見てみると、そこにはママが情けない姿で、仰向けになって眠っていたのだ。


あー……また飲み過ぎたのか。


おばあちゃんが帰ってたら、こんな姿を見られたら怒られちゃうよ。


「ママ、こんなとこで寝てないで、部屋に行って寝なよ。どれだけ飲んだのよ……まったく」


やだやだ。


いくら仕事だからって、こんなになるまで飲まなくても良いのに。

起きる気配がまったくないママは放っておいて、私は朝ご飯を食べるためにキッチンに向かった。


いつも通り、これと言って食べる物のない冷蔵庫の中を確認して、卵と味噌を取り出す。


学校のない日曜日の朝。


昨日はコンビニに朝ご飯を買いに行ったけど、今日は体調も良いから、久し振りに料理をしてみる。


「五日目かぁ……今日を入れて後三日。カラダはどうにかなりそうだけど、美紗の方は大丈夫かな」


夜の学校で、回収されなかったという美子のカラダの一部を探してる美紗。


だけど、それがどこにあるか分かってないんだよね。


それは、私達がやらされているカラダ探しに似てるけど、私達よりも大変なんだろうな。


そんな事を考えながら作った玉子焼きと味噌汁。


私が好きな玉ねぎの味噌汁の香りに、お腹がグゥッと鳴る。


ひとり分だけ作ると、ママが起きた時にうるさいから、とりあえずふたり分。


ご飯をよそってささやかな朝ご飯を食べて。


昨日の事と今日からの事を話すために、私は携帯電話を取り出してメール作成画面を開いた。

「皆おはよう。昨日は美紗が殺されて、カラダを見つける前に終わっちゃった。てなわけで、今日も美紗の家に集合ね。しっかり話し合って、早くカラダを見つけるよ!」


勝手に美紗の家とか言ってるけど、何気に都合が良いんだよね。


皆の家の、ちょうど真ん中くらいにあるし、何より美紗の事も気になるから。


そのメールをあゆみと龍平、そして美雪にいっせい送信して携帯電話を閉じた。


「世界が壊れかけてる……か。何だったんだろ、あの夢」


普段はあまり見ない夢を見たから気になってるのかな。


八代先生も私が知ってる人とは別の人だったし、あの夢に意味なんてないよね。


考えすぎは良くないと、私は朝ご飯を食べて出かける準備を始めた。








「行ってきまーす」


まだ眠っているママにそう言い、家を出た私は、その光景に言葉を失った。


な、何……これ。


いつもと変わらない玄関からの光景。


青い空が広がって、朝の太陽の光を浴びる住宅街の民家。


いつもと違うのは、そのすべてがヒビ割れていて……まるであの夢のよう。


まだ夢を見てるのかなと、頬をつねってみるけど……痛い。


たぶん夢じゃない。


何なのよこれ。