カラダ探し~第三夜~


パンツを見られないように、慌ててスカートを押さえて龍平に顔を向けると、そこに龍平はいなかった。


私が向かおうとしている西棟の方に……ゴロゴロと、糸が切れた人形のように転がる、龍平の姿があったのだ。


その一瞬の光景が……写真のように鮮明に私の目に焼き付いた。


床に転がる龍平……。


廊下を西棟の方に落下しながら、龍平の頭部をその手につかんでいる赤い人……。


私が、その光景の意味を理解できたのは、遠くの方でグチャッという音が聞こえてから。












「ひ……ひやぁぁぁぁっ!」












健司の死体を一度見ておいたからか、腰が抜けて動けないという事はなかった。


それでも、床に手を突き、這って家政学室の前の廊下を必死に逃げる。


龍平は、私をかばってくれたんだ。


その気になれば、自分だけ助かる事もできたのに。


家政学室を目の前にして、私を守ってくれた。


赤い人が龍平を殺したという事は、私の姿を見ている赤い人は、間違いなくこっちに戻って来る!


家政学室の前で、何とか立ち上がる事ができた私は、震える脚を何とか前に出していた。


赤い人は、たぶん西棟の一番奥まで落ちた。


だったら、戻って来るには時間がかかるはず。

そう考えながら、家政学室の前の廊下を通り過ぎ、東棟に続く廊下に入った時だった。







「キャハハハハハーッ!!」








背後から、キュキュッという音と共に、赤い人の声が聞こえた。


いやいやいや!


いくらなんでも速すぎるっての!


100メートルくらいある距離を、いったい何秒で来たのよ!


こんなの、私なんかが逃げられるわけないじゃない!


嘆いても、諦めても、そんな事は関係ないと言わんばかりに赤い人は追ってくる。


どうにかして逃げないと……と、階段の前に差しかかった時、私は階段の方にグイッと引き寄せられた。


誰かが私の腕をつかんでいたのだ。


「柊さん……私が止めるから……早く逃げなさい」


誰が私を……と思ったけど、その声で答えは出た。


「美紗!? あんた無事……じゃ……ないよね」


美紗はまだ死んでいない。


カラダ探しが終わっていないから、それは分かっていたけど……その姿は、赤い人から私達を守るために戦って、もう限界である事が目に見えて分かった。


頭から血を流し、制服も赤く染まっている。


そして何より、いつもの美紗とは違う、欠落した身体のパーツ。


左腕がなくて、腹部も貫かれたのであろう、小さな穴が開いていたのだ。

「あんた、死にかけじゃない! 無理だって! そんなんじゃ本当に死ぬよ!?」


美紗に死なれると、今日のカラダ探しが終わってしまうからなのか、それとも本当に美紗に死んでほしくないと思ったかなのかは分からない。


でも、どっちにしても死んでほしくないという気持ちは変わらない。


「良いから行きなさい! 私が死ぬ前に……カラダを……」


フラフラとした足取りで私の前を通り、廊下に出る美紗。


あの……美紗に引っ張られなかったら、そのまま大職員に向かってたんだけど。


なんて、今の美紗に言えるわけがない。


美紗のためにできる事は、早くカラダを見つける事だ。


一週間以内に……なんて悠長な事は言わない。


明日中には全部見つけてやる!


ボロボロの美紗を見て、私は再び廊下に飛び出した。









「キャハハハハハッ!」









背後から、赤い人の声が聞こえた。


でも……。







「おいたが過ぎるわよ」






美紗のそんな声と、ゴンッ! という鈍い音が、私の耳に届いた。


美紗なら大丈夫。


絶対に、カラダを見つけるまで頑張ってくれる。


祈るように渡り廊下を走って、東棟に入った私は、すぐに大職員へと続く廊下に入った。

やった、もうちょっとで大職員だ。


脚の震えと恐怖から、今、自分が何をしているのか分からないという錯覚に陥るけど、やらなければならない事は分かってる。


大職員にあるカラダが、あゆみの物か、私の物かという事が分かればそれで良いから。


だけど、手を伸ばして、大職員のドアに近づいた時、それは起こった。


















「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」













校舎全体に響き渡るような大咆哮に、私は思わず伸ばした手を耳に当てて、身をすくめた。


そして……ベタベタという足音が、こちらに向かって移動を始めたのだ。


これは、赤い人の足音?


み、美紗はどうなったの?


なんて、考えてる余裕なんてない!


私は大職員のドアを開けて中に入ると、携帯電話の明かりで室内を照らした。


「どこよ! どこにあるのよ! 美雪!」


見渡す限り、どこにも見当たらないカラダを探して、私は叫んだ。


部屋が広い! 探す場所が多い!


美雪にどこにあるか聞いておけば良かった!

そんな後悔も、背後に迫る赤い人の恐怖にかき消されて。


手当たり次第に近くにある物をひっくり返すけれど、それらしい物は何もない。


そんな事をしている間にも、ベタベタという足音は大職員の前まで迫っていて……。


それがピタリと止まった時、私は携帯電話の明かりを入り口に向けた。


するとそこには……。











全身血まみれの美紗。


そして、その背後には赤い人がいて……。


首をつかまれた美紗が、赤い人によって無理矢理立たされているといった状態。


「ひ、柊さん……」


と、美紗が小さく呟いた瞬間。


ボキッという音が聞こえて……壁や床に、大きな亀裂が走ったのだ。


ガラガラと、音を立てるかのように崩れ落ちる壁や床。


いったい、何がどうなっているのか分からないけど、もしかするとこれが、美紗が死ぬと今日のカラダ探しが終わるという事の意味だったのかなと理解して。


私は、崩れ落ちる床と共に、深い闇の中に落ちていった。











この日初めて、私は赤い人に殺されずに翌日を迎える事になった。
夜の学校で美紗が殺され、その日のカラダ探しは終わって次の日。


いつもならすぐに目を覚ますはずなのに、私は夢を見ていた。








ここは……学校?


それも、大職員室の前の廊下で、私の姿も見える。


「美雪、大丈夫かなあ。本当に『呪い』は解けるかな」


うーん、夢の中でもやっぱり私は美人だね。

一緒にいる明日香さんや結子さんと比べても、飛び抜けてるよ。


「ここまで来たら相島を信じるしかねぇだろうが。『呪い』が解けねぇなら、お前ら全員ぶっ殺すだけだけどな。覚悟しとけよ」


……なんか武司さん、物騒な事を言ってるんですけど。


いくらなんでも、現実ではここまでひどくはないよ。


私がそんな風に思ってるって事なのかな?


「まあまあ、僕には分からないけど、世界が壊れかけているんだろう? この世界がどうなるにしても、もう後戻りはできないんだから」


うげっ! 何なのこの不気味な人!


ギョロッとした目に、痩せこけた頬。


さらに猫背で、良いとこひとつもないじゃん!


どこからこんな人が現れたんだか。

「八代先生も、千春さんと再会できればいいね。お互いに離れていた記憶がないかもしれないけど」


明日香さんがニコッと微笑んで、その不気味な男性にささやいた。











は?


今、なんつった?


八代先生?









この化け物みたいな人が、学校一のイケメン先生の八代先生!?


……ないない、きっと同じ名字の別人。


「ほら、翔太! 元気出しなよ! 高広みたいに、世界がどうなっても、美雪を見つけ出すって思ってればいいじゃん」


そう言って、バンッと翔太さんの背中を叩く、もうひとりの私。










ええーっ!









翔太さんと高広さんを呼び捨てにしちゃってるよ!


ちゃんと「さん」付けしないと!


と、そんな事を思っていると……。


気付いてはいたけど、そこら中にある亀裂。


美紗が死んだ時に、私が見た亀裂と似ている。


それが、昨日と同じように崩れ出したのだ。


「な、何これ!? 『呪い』が解けたの!?」


「世界の崩壊……始まったのか」


私と翔太さんが、辺りを見回して声を上げる。

高広さんと明日香さんはお互いに寄り添って……。


武司さんと結子さんは、それに驚いた様子で、他の人に見られないように手をつないでいた。


そうして辺りを確認している間にも、世界の破片が崩れ落ちていて……。


私の足元の床に、大きな穴が空いて、気付いた時には私はその穴に落ちていた。










「……ちょっと! ……大丈……」













その夢で、最後に聞いた私の声。


何を言ってるか聞き取れなかったけど、それが少し気になった。









ドンッ!


と、ベッドから床に落ちて目を覚ました私は、「だと思ったよ……」などとわけの分からない事を呟きながら目をこすった。


夢にしては、やけにリアルな内容だったじゃないの。


まるで、昔、本当にあったような。


でも、高広さんや翔太さんにため口だったし、何より八代先生と呼ばれた人が、とんでもなく不気味な人だったから、やっぱりただの夢だったのだろう。


「おっ? 今日は身体が軽いね。赤い人に殺されないと、こんなに調子が良いんだ?」


その場に立ち上がり、腕や首を回してみると、殺された日の翌日と比べて痛みも疲労もない。


何日かぶりに、気持ちの良い朝を迎えた……そんな感じだ。


それにしても、昨日は失敗したな。
カラダの場所を聞いて、私の物かどうか判断する事くらいできると思っていたのに、それより早く美紗が殺されてしまうなんて。


少なくとも、今日のカラダ探しで、皆が見つけたカラダの回収をしたいところだ。


「皆が調べた部屋を潰していけば、健司がどこを調べたか分かるんだよね」


部屋着を脱ぎ捨てて、私は下着姿で小さく拳を握りしめた。


服を着替えて部屋を出て、リビングに入った私は、モワッと漂うその匂いに、顔をしかめた。


うわっ! くさっ! 何これ……またママが飲み過ぎたの?


そう思ってソファを見てみると、そこにはママが情けない姿で、仰向けになって眠っていたのだ。


あー……また飲み過ぎたのか。


おばあちゃんが帰ってたら、こんな姿を見られたら怒られちゃうよ。


「ママ、こんなとこで寝てないで、部屋に行って寝なよ。どれだけ飲んだのよ……まったく」


やだやだ。


いくら仕事だからって、こんなになるまで飲まなくても良いのに。