カラダ探し~第三夜~












「ねぇ、お姉ちゃん。これ、何て遊び? 次は……私の番だよね」













赤い人はそう言うと、鉄パイプをつかむ手に力を込め、ギリギリと捻り上げると、私の手から強引にそれを奪い取った。


わ、私の番って何よ……。


まさか、これを遊びとか思ってるわけじゃないでしょうね!?


鉄パイプを手に、私に一歩近づく赤い人。


そして……その鉄パイプが私の頭部に振り下ろされた。











バキッ!












という、何かが砕けたような音が聞こえて……私の体が何度も揺れた感覚だけはあった。


そして、何も考えられずに……指一本動かす事もできずに……。


私は、この狭い部屋の中で、赤い人に頭部を何度も殴られて……死んでしまった。
頭がフラフラする……吐きそうなくらい気持ち悪い。


昨日から振り続く雨が、窓とポツポツと叩いている。


そのせいか、朝だというのに部屋の中は薄暗くて。


散々殴打された頭がズキズキと痛んでいた。


「痛っ……くぅぅっ! 何よ何よ、あんなに殴る事ないじゃないのよっ! いったい私が何したっての!?」


身体を起こし、次の日になったんだという事を再確認した私は、昨日の赤い人の行動に腹を立てた。


何もあんな硬い鉄パイプで殴らなくても良いじゃない。


そりゃあ……私だって赤い人を殴ったよ?










10回くらいは。


だけど、力の差がありすぎるんだからさ、私の100回くらいが赤い人の1回だっての!


……でも、1回殴られただけでほぼ即死だったんだよねぇ。


あんな風に追い詰められたら、完全に死亡確定だよ。


ベッドから脚を下ろし、立ち上がった私は、大きく伸びをした。


今日は……小野山美紗の家に行かなきゃならないんだよね。


魔術とか妖術とか、私には何の興味もないし、正直行きたいとは思わない。

でも、龍平には行けって言っちゃったからなあ。


何時に行くという約束はしてないけど、適当な時間に行けば良いよね。


部屋着のまま、着替えもせずにキッチンに下りた私は、何か食べるものがないか冷蔵庫をあさっていた。


うわっ、何もない。


昨日の夜にいなかったんだから、私の晩ご飯くらいあっても良いのに。


「ねぇ、ママ! 朝ご飯ないの!? お腹減ったんだけど!」


リビングのソファで寝転がっているママに尋ねてみると、寝ぼけたような声で呟く。


「あんたが晩ご飯食べてなかったから、ママが代わりに食べたんじゃないの。だから、ママの朝ご飯はいらないわ。留美ちゃんの分だけで良いわよ」


留美ちゃんの分だけで……じゃないっての!


その私が食べる分がないってのに。


「もうっ! おばあちゃんはどこに行ったのよ!」


「おばあちゃんは老人会の旅行だって。帰るのは明日」


あーっ! 我が家の唯一の常識人がいないなんて!


普段は口うるさいおばあちゃんも、家の事だけはしっかりするから好きなのに。

「はぁ……コンビニにでも行ってこようかな」


どうせ小野山家に行くつもりだったし、少し早いけどついでに行ってみようかな。


とりあえず服に着替えるために、私は部屋に向かった。


昨日のうちに、他の皆はどれだけカラダを見つける事ができたのかを気にしながら。


部屋で着替えて、携帯電話を手に取った私は、再び一階に下りた。


「ママ、今日は友達のとこに行くから、ご飯いらないからね」


「今日も……の間違いでしょ? 留美ちゃんがいなくても困らないし、別に良いよ」


リビングに顔を出して、わざわざ伝えたのに。


なんだろうね、この母親は。


それが子供に向かって言うセリフ!?


……ま、いつもの事だから腹も立たないかな。


リビングのドアを閉めた私は、玄関に向かった。


昨日の小野山美紗の話からすると、あの子も何か探してるんだよね?


その何かが、魔術だか何だかに必要で……。











あー……ダメだ。


考えてたら頭が痛くなってきた。


そっちの事は美紗に任せれば良いや。


それより問題はカラダ探しの方だよね。

昨日のうちにあと2個か3個くらいは見つかるかと思っていたのに、龍平にあの部屋を任せたとたん、赤い人に見つかっちゃったし……。


あ、そう言えば龍平と変な取り引きしたんだった。


私、カラダ探しが終わってからって言ったよね?


そうじゃなきゃ、いつ襲われるか……。


そんな不安を感じながら、玄関で靴を履いた私は家を出た。









家から徒歩10分、国道沿いにある一番近くのコンビニ。


この4月になるまで、皆で良く利用したけど、今はあまり行ってない。


「なんだかここも久し振りだなあ。明日香さんにアイスとかおごってもらったよねぇ」


今は誰も奢ってくれる人なんていないけど。


私ほどの美人に、誰もおごろうとしないのがおかしいんだよ、うん。


なんて考えながら、とりあえず雑誌のコーナーでファッション誌をパラパラと眺める。


なんか、どの女の子も私と比べるとまだまだだねぇ。


私ってこんなに美人なのに……どうして彼氏ができないんだか。


容姿には何の問題もないはずだよ。


だとしたら何?

「もしかして性格!? ……ないない、女神のような私が、性格ブスなわけないじゃん」


ハハッと笑いながら雑誌を叩き、それを元あった場所に戻した時、私はパシッと頭を叩かれた。


「あいたっ! 誰よ、私が何したって……あ!」


頭をさすりながら振り返ってみると、そこに立っていたのは……。











「あ! じゃねぇよ。お前何恥ずかしい事を口走ってんだよ」


呆れたような表情を浮かべて私を見る、高広さんがそこにいたのだ。


「あれっ!? 高広さんじゃない! こっちに戻ってきてたんだ?」


「おう、昨日の夜からな。他の奴らも帰って来てるはずだけど、連絡なかったか?」


なにそれ聞いてない! 私だけ仲間はずれなの!?


慌てて携帯電話を取り出して確認すると、メールが2件と着信履歴が。


どれも21時以降のもので、私がカラダ探しをさせられていた時間だ。


そりゃあ……気付かないよね。


「あー……私寝てたわ。それより明日香さんとはどうなのよ? 近くに住んでるんでしょ? 一緒に帰って来なかったの?」


他の奴らってのは、たぶん明日香さん、翔太さん、理恵さんの事だろう。







つまり……?


今日は皆集まってパーティじゃん!

「家にいるんじゃねぇのか? 俺といつも一緒にいるってわけじゃねぇし」


「まあそれはどうでも良いよ。今日集まるんでしょ? 良いなあ!」


私がした質問だけど、今はパーティの方が気になって仕方ない。


まだ決まってないなら、夜にはしないでほしいなあ。


カラダ探しで学校に呼ばれたら、楽しいパーティが台無しになっちゃうから。


なんて考えながら店の外に視線を向けると……。


そこには、小野山美紗が雨に打たれて立って、こちらを見ていたのだ。


店の外から、私と高広さんをジッと見つめる小野山美紗。


ビクッと反応した私をよそに、ニヤリと笑みを浮かばせる。


「な、何だ? 留美子、お前の知り合いか? ここらじゃ見ない制服だけどよ」


その不気味な姿に高広さんも驚いたのか、今まで見た事のないようなあせりを見せる。


ここまで動揺している姿を見るのはいつ以来だろう?


「あー、うん。クラスメイトなんだけど……今、あの子の問題を抱えててさ。ちょっと忙しいんだよね」

高広さんに、カラダ探しをしてるなんて言っても、意味が分からないだろうな。


ポリポリと頭をかきながら、外の美紗と隣の高広さんを交互に見る。


何だかふたりは、微妙に通じ合っているようで、片方がうなずくと、もう片方もうなずくという事を繰り返す。


……いったい何をしてるんだか。


「なかなか変わった奴だな。不気味さしか感じねぇ……今までに会った事のないタイプだ」


じわりと額に浮かぶ汗を拭い、ゴクリと唾を飲む。


ガラス一枚隔てて、美紗と見つめ合う高広さんをそのままに、私は当初の目的の朝ご飯を買うためにお弁当のコーナーに向かった。


「あー、何にするかなぁ。おにぎりか、サンドイッチか……悩むなあ」


普段なら、間違いなくサンドイッチにしているところだけど、私の好きなチキンカツサンドが並んでいない。


それに比べて、おにぎりのラインナップときたら……。


美味しそうな新製品が、これでもかと言わんばかりに並べられている。


イメージ写真からでも、その味の一部が想像できて、唾が出てくる。


「よしっ! 決めた! ……すみません、肉まん3つください」


レジの前に歩み寄り、ケースの中の肉まんを指差して注文する。
やっぱ、迷った時は別の物だよね。


店員から肉まんを受け取り、精算を済ませた私は高広さんのところに戻った。


まだ本のコーナーにいるから、雑誌でも読んでるのかな。


「ねぇねぇ、高広さんは今暇なの?」


そう尋ねながら高広さんに近寄った時、私は気付いてしまった。









……ふたりが、まだ見つめ合っている事に。










「あんたらまだ何してんのよ! キモッ! キモいわ!」


「お、おぉ? いやよ、あいつが俺を見たままだからよ。そらしたら負けかなと思って」


そんなの女子と勝負するなよ!


外に目をやると、さっきよりも雨に濡れている小野山美紗が、笑みを浮かべて立っていた。


私は、高広さんを押して店の外に出た。


ガラス一枚挟んで見てないで、何か思うところがあるのなら、直接話してみれば良いと思って。


雨の降る中、傘も持たずに立っていた美紗は制服からも雫が垂れるほど濡れていて、見た目にも寒そうだ。


「ちょっとあんた、雨宿りくらいしなさいよね。傘はどうしたのよ? まさかこの雨の中、傘を持って来てないんじゃないでしょうね?」


「……傘なんて持ってないわ。それに、濡れても私は平気だから」