体育館の床とバッシュが擦れ合う、あのキュッキュッって音が

私は大好きだった。


-------------------------------------------------

私は、野崎ハルは、男子バスケットボール部のマネージャーをしている。

体育館の中は蒸し暑くて苦しくて、だけど私は ここが大好きで。

みんなの汗と、声と、バッシュのあの音と

先輩の背中と――――…


「みんな!給水、給水ー!」

七瀬先輩が、いや、七瀬キャプテンが、声を張り上げた。
一斉にみんなが動きを止めて、ステージの方に集まってくる。
私は急いでドリンクの入ったボトルを1人1人に手渡していく。

「さんきゅ。」

最後に戻ってきた七瀬龍志(ナナセ リュウジ)先輩が、
私の手からボトルを取って、そう言った。

「お疲れ様です。あの、次のメニューなんですが…」

私は監督から渡されていたメニューの書かれた紙を開く。
先輩はボトル片手に私のもっているそれを覗き込んだ。

近い。

「どれ?」

私は早まる鼓動を無視しながら、懸命に言葉を紡ぐ。

「あ、ここに書いてあるやつですね。ええと、先週の練習試合後のミーティングで
 出た改善点の…」

先輩はじっと紙を見つめていた。

先輩の真剣な顔、ふんわり広がるさわやかな香り、先輩の髪からしたたる汗。

「あー…なるほどねえ。」

先輩は顔を上げると、少し難しそうにはにかんだ。


体育館の窓から入ってきた心地のいい風に私は一瞬目を細める。

「これ、けっこうきついやつですよ」
私はそう言って笑ってみせた。
「だな、かなり!」
先輩も笑った。二人で笑った。

「さあて、きっついけどもうひと頑張りしてくっかあー!」

先輩が部員を呼び集め、次の練習内容について指示を出した。
部員たちはボトルを置くと小走りにコートへ向かっていく。
先輩は私にボトルを手渡して、

「よし、いってきやす」
なんて言ってまた笑った。



「がんばれ、キャプテン」

私は小走りにかけていく先輩の背中に、そう言った。

先輩は小さく手を上げただけだったけれど、


私は、鳴り止まない鼓動を必死で押しこらえた。