「やばいな、あいつ追いかけて来やがったぞ!?」
 後ろを振り向けば、赤髪がこちらを目指して真っ直ぐに走って来ていた。
 とんでもない速さだ。
「何あの子!? どうなってるの!?」
「知るかよ! でも追って来るって事は、逃げた方がいいって事じゃないか!?」
「う、うん、そうだよね!」
 幸い、あの子が走っているのはまだはるか後方。
 このまま人混みの中を駆け抜ければ、上手く撒く事が出来そうだ。
 全力で逃げてやる。
 何も分からないまま、良く分からない事に巻き込まれるのは御免だ。
「大樹、こっち!」
 先行していた由加が、裏路地へ飛び込んだ。
 この先の道は蜘蛛の巣状になっていて、この辺りに住んでいる連中ですらあまり立ち入らない──そんな場所だ。
 あの子が何者かは知らないけれど、ここで撒いてしまえば絶対に追い付かれる事は無いだろう。
 よくよく考えてみれば実害はまだ何も被ってはいないんだけれど、致命的な事件に巻き込まれてからじゃ遅いんだ。
 ならば、三十六計逃げるにしかず。
 逃げるが勝ち、ってな。
「……懐かしいな。二人でここに来るのは、あの時以来か」
 駆け足のまま、ポツリと呟く俺。
 小学校の頃、由加がこの裏路地に迷い込んで帰れなくなった事があった。
 偶然にも由加が路地裏に入っていく所を目撃したと言う証言があった為、ここのどこかに居る事だけは分かっていたのだが、広くて暗くて複雑なこの場所で迷えば、探し出すのは一苦労なのだ。
 そんな所であるが故、ガラの悪い連中や法に引っかかるような事をしている連中が潜んでいたりもする、そんな危険地帯でもあった。
 あの時は確か、警察まで動いての大捜索となったけど──
「見つけてくれたのは、大樹だったよね」
 唐突に、由加が口を開く。
 もちろん足は止めずに。
「まぁな。前にも言ったけど……俺はたまにここを通るから、偶然だよ」
 半分は本当だ。
 当時の俺は、家と学校を結ぶショートカットとして、この裏路地を使ったりもしていた。
 だから、熟知とまではいかずとも、この辺には割と詳しい。
 ただ、由加は裏路地の深い所まで迷い込んでいた。
 そして彼女を見つけたのは夜中。
 だから、残り半分は──道に迷った由加を“偶然”見つけたってのは嘘なんだけれども。