由加が言いたい事は分かる。
 良く分かる。
 けど、もし本当にあの子が俺達を探しているのなら、裏を返せばまだ俺達の場所を掴めていないと言う事になる。
 こんなに近くに居ても気付かないんだ。
 俺達も気付かない振りをすれば──つまり周りの連中と同じように振る舞えば、向こうもこちらに気付かないんじゃないだろうか……?
 吟味。
 うん、可能性は高いとみた。
 試す価値はあるんじゃないか?
「……ごめん、大樹」
 しかし、光明らしき物が見えたのも束の間。
 気が付けば、由加の顔が引きつっていた。
 しかも、俺の顔を見ていない。
 視線はウィンドゥの外を向いている。
 釣られて俺も外に視線を向けてみる。

 ……あ。
 ばっちり目が合ってしまった。
 赤と黒を纏ったあの子に。

 向こうもこちらに気付いたようだった。
 厳密に言えば、先に視線が合った由加に。
 それは、俺達があの子に反応してしまった事を、如実に物語ってしまっていた。
 目は口ほどに物を言う。
 沈黙は金なり。
 次の瞬間、俺は本当に久しぶりに何も考えず、反射的に行動していた。
 時は金なり、とか何とか。
 席を立ち、由加の手を取り、そして思い切り走り出す。
 店員にぶつかりそうになりながら、一気に出口を目指す。
 ワンテンポ遅れて開いた自動ドアの隙間に、するりと滑り込む。
 自分でも驚くくらいの早業だった。
 わずか数秒。
 そして、外。
「ちょ、ちょっと大樹!?」
「うわぁ、食い逃げしちまった……やばいよなぁ!?」
 本当は大問題だけれど、今はそれどころではなかった。
 とにかく足は止めない。
 とにかくあの場所から離れたい、ただその一心で足を動かした。
 きっとそれは正解。
 あのままぼーっとしていたら、間違いなく赤髪のあの子に捕まっていた。
 捕まって──捕まって、それから?
「大樹! 手、離して! 走りにくいよ!」
「わりぃ!」
 慌てて手を離す俺。
 実は、由加は俺より足が速かったりする。
 伊達に陸上部で鍛えてる訳じゃないって事だ。
 理系の俺とは違う。
 ……むしろ、俺の方が足手まといかもしれない。