俺は咄嗟に周囲を見渡す。
 案の定。
 周りはいつも通りの平穏な喫茶店の中の風景だ。
 何もおかしい所なんて無い。
 どこにも異常なんて無い。
 何もかもが普通過ぎる。
 ……それこそが、異常。
 そう。
 誰もあの声が聞こえた素振りを見せていないのだ。
 あの声が聞こえたのは、俺と由加だけなのか?
 いや、それとも──
「ね、ねえ大樹? もしかして……」
「おっと、奇遇。俺も多分、いま同じ事を考えてたと思う」
 つまり。
「……聞こえてはいたけど、他の皆は反応出来ない……?」
 勿論、先程の声がテレパシーのような物で、俺の頭にだけ直接届いた──なんて可能性だって、考えなかった訳じゃない。
 可能性としては、奇跡に近いような確率でなら、あり得るのかもしれない。
 しかし、そんな馬鹿な事があるのか?
 あり得るのか?
「大樹……何だか怖いよ」
 いつも気丈な由加が、珍しく不安そうな表情を見せるが、無理も無い。
 当たり前だ。
 俺だって怖い。
 この“普通を装った日常のような何か”が怖い。
 日常の中に居て、しかし自分達だけが日常から取り残されてしまったかのような、そんな孤独感が怖い。
 ここは本当に俺の知っている場所なのか?
 ここは本当に俺の知っている日本なのか?
 色んな想像、空想、妄想の類が脳裏を駆けめぐり、そして消えていく。
 考えろ。
 状況を見極めるんだ。
 整理して、吟味して、判断して、結論を下す。
 そう、いつもやっている事だ。
 だがしかし、俺にはそんな簡単な事をする時間すら与えられない。

『誰か居ないのですか!? くっ……もう時間が無いと言うのに!』

 また、あの声だ。
 あの赤と黒を纏った子も、せわしなく辺りを見回している。
 何かを探している──そう見えた。
「ま、まさかあの子、私達を探してるの?」
 それはあり得る話だった。
 こちらとあの子には面識は無いが、不思議な声を聞いたのが俺達だけなら、そう考えるのが妥当ではないだろうか。
 しかし、あの子が面識も無い俺達を探している……何故だ?
「隠れよう。いや、気にしないのが一番か?」
「でも……」